第三百七夜 おっちゃんと小芝居
魚人になったおっちゃんはまず魚屋に出向く。
「こんばんは。ちと、村長さんのお宅に行くんやけど、手土産に持っていく魚を売って」
魚屋の主人が威勢よく応じる。
「はいよ。村長の家に持って行くなら『バルバラ』だな。あんた運がいいね、今日は一匹しか入荷がなかったから、これだけだ」
「『バルバラ』って贈答用にもなるんやね」
「おうよ。本当かどうか知らないが、『バルバラ』は体内の気のバランスを良くするって話だ。体の弱った人間や、年寄りには有り難がられる魚さ」
おっちゃんはバルバラを買う。代金を払うと村長の家を教えてもらった。
村長の家に行く前に島に上陸する。島にある洞穴の前には十人乗りの船が停泊していた。
船を見ると、損傷はあるものの櫂がついていた。人が乗れば出航できそうだった。
船の周りには見張りはいない。船から十五mほど緩い上り坂になっており檻があった。
檻の中には縄で縛られた六人の漁師がいた。
さすがに檻の前には半魚人の二人組の見張りがいた。でも、とても暇そうにしていた。
(見張りは厳重やないね。そうはいっても、海のすぐ下は半魚人の集落やから。力押しは、最後の手段や)
村長の家に行く。村長の家は村の中央にある島の真下にあった。村長の家は普通の魚人の家よりも大きい。村長宅は珊瑚礁を伐り出して固めて作った二階建ての家だった。部屋数は六部屋くらいがありそうな広さだった。
「ごめんください」と入口で声を出すと、「あいよ」と二階の屋根の上から返事があった。
屋根の上まで泳いでいく。屋根の上では、大きな昆布を体に巻いて横たわっている、赤い肌を持つ老半漁人がいた。
「あれ、お休みでしたか?」
半魚人の長老が機嫌悪そうに答える。
「気にせんでくれ。体調がどうも優れんのじゃ。眠るに寝られん」
「そうでっか、これお土産の『バルバラ』です」
半魚人の長老の表情が和らぐ。
「おお、すまんのう。それで、魚人が我が村に何用じゃ」
「この村に人間が捕まっておりますやろう。それを売ってもらうわけにはいきませんか?」
半魚人の長老は怪訝な表情をする。
「人間を? あんなもん、喰うても不味いだけ。なまじ、知恵があるから、飼いならすのも難しい。しかも、何か特殊技能でもあればまだ使える。だが、魚を獲るしか能がない人間をか?」
(捕虜の感覚やないね。別に何かの意図があって捕まえたわけやないのか)
「なら、なんで、そんな者を捕まえてきたんでっか?」
半魚人の長老は眉を顰めて、困った顔で告げる。
「村の若い連中が度胸試しか、腕試しかのつもりかしらんが、荒れ狂う海で捕まえた。もう、ほんとに、若い者は後先の展開を考えないから困ったもんじゃ」
(漁師さんは完全なゴミ扱いやね。これは、買い取り行けそうやね)
「そうですか。なら、その人間を金貨と交換してもらっても、ええですか?」
半魚人の長老は難しい顔をして告げる。
「なら、一人につき金貨百枚で、六人おるから六百枚でどうじゃ」
「そんな、ゴミ扱いの者に吹っ掛けすぎでっしゃろう。これが精一杯ですわ」
おっちゃんは財布の中を全部すっかり屋根の上に出した。
半魚人の長老が中身を数える。
「金貨が三十枚に銀貨十二枚。銅貨が二十枚か。あと、なんじゃ、この小瓶は?」
「これはゴミですわ」
おっちゃんは小瓶を財布に戻す。
半魚人の長老が顎を撫で、ジロリとおっちゃんを見る。
「かなり少ないようにも思えるが」
おっちゃんは、きっぱり釘を刺した。
「これが限界です。断っておきますが、この金貨の中には漁師が乗ってきた船の代金も入っているんでっせ」
半魚人の長老が渋い顔をする。
「船の代金も込みねえ」
「船はどのみち使わんでっしゃろ。なら、おまけにくださいな。でないと、漁師を運べません。買っても運べんなら、腐った魚と同じや」
半魚人の長老が上目使いに、おっちゃんの表情を探るように見る。
「腐った魚なら、価値はないのお。でも、なんでそんな腐った魚みたいな人間を買うおうとするんじゃ?」
「それは、おっちゃんなら、腐った魚みたい人間でも金にする方法があるんですわ。ただ、こればかりは商売の肝になる部分やから、絡繰は教えられません」
半魚人の長老が軽く息を吐くと、同意した。
「あい、わかった。土産も貰った経緯もあるしな。この金額で妥結しよう。ただし、これは今回限りのサービス価格だ。次はこうはいかんと思ってくれ」
半魚人長老は家の者を呼ぶと、貨幣を持たせて下がらせた。
「従いてきなされ」
半魚人の長老が水面へと出る。島の周りにいた半魚人が十人ほど一緒にやってくる。
おっちゃんたち一団は島に上陸する。半魚人の長老が見張りの半魚人に顎で指示する。
半魚人の見張りが檻を開ける。
「ほな、人間たちは、もろうて行きますわ。さあ、人間。はよ、檻から出ろ」
不安な顔をする漁師たちが檻から出る。
おっちゃんを先頭に船に、漁師たちが乗る。
おっちゃんは漁師二人の縄を解いて、漁師に乱暴に命令する。
「おい、人間二人、櫂を漕げ。出航じゃ」
縄を解かれた漁師たちは顔を見合わせて、櫂を漕ぎ出した。
半魚人の島からある程度、離れたところで、おっちゃんは変身を解いて人間の姿に戻る。
「ここまで来れば、ええやろう。漁師はん、他の漁師の縄を解いてあげて。六人で櫂を漕いで、急いでポルタカンドに戻るでえ」
一番風格のある漁師が不思議そうな顔で尋ねる。
「あんたは、いったい?」
「ロロはんに頼まれて救出に来た冒険者や」
おっちゃんは、財布の中から小瓶を出して軽く投げる。
「そん中に『変化の滴り』と呼ばれる、モンスターに化けられる魔法薬が入っていてな。そんで、魚人に化けて、あんたらを解放させたんや。もう、薬はないからはよ逃げんとまずいで」
漁師たちはすぐに二手に分かれて、一心不乱に櫂を漕いで、ポルタカンド島を目指した。
島が見えてくると、漁師の二人が泣き出した。おっちゃんは漁師の一人からシャツを借りて、腰に巻く。
船が島に着くと、漁師の家族はいたく喜んだ。
ロロはおっちゃんに寄ってきて、深々と頭を下げた。
無事を喜ぶ家族もいたが、風格のある漁師に縋りつき、安否を尋ねる家族もいた。
風格のある漁師が黙って首を横に振ると、安否を尋ねた家族は泣き崩れた。
ロロが苦い顔をして、おっちゃんを誘う。
「おっちゃん、宿で話そう」
おっちゃんは着替えて、ロビーでロロと会う。
ロロは俯いて、暗い表情で話す。
「漁に危険は付き物だ。今回の突発的な嵐では、十二人の漁師が帰ってきていない。うち、六人は、おっちゃんが連れて帰ってきてくれた。礼をいうよ」
「そうか、まだ、六人が行方不明か。残された家族は大変やな」
「でも、まだ、帰ってこないと決まったわけじゃない。それでなんだけど、報酬はいくら必要なんだ?」
「半魚人たちから身柄を買い受けるのに、金貨三十枚と銀貨が十二枚。それと、『変化の滴り』と呼ばれる変身用の魔法薬を一瓶、使うた。魔法薬は、金貨十枚でええ。それに、おっちゃんへの報酬を入れて、きりよく金貨四十二枚で、どうや?」
ロロは難しい顔で思案する。
「金貨四十二枚か。中々の大金だな。一人頭にすると、金貨七枚か。金は親父と相談して、どうにか工面するよ。だが、額が額だから、少し猶予を貰えないだろうか?」
「分割でええよ。おっちゃんは、まだしばらく島にいる。だから、帰る時まで全額を払ってくれれば問題ない」
ロロはホッとした顔をする。
「ありがとう、おっちゃん、魚を売れば金は手に入る。きっと、金を工面するよ」
ロロは最後にもう一度、深々と礼をして、おっちゃんの許を去った。




