第二百三十四夜 おっちゃんとヤスミナ(後編)
おっちゃんは昼食を摂ると、美味しそうな魚の干物を買って『幻影の森』に入った。
「ポッペはん、いますか? ポッペはん、おっちゃんです」
おっちゃんは声を出しながら歩く。三十分ほど歩くと、近くの茂みからポッペが現れた。
「なんだ、おっちゃん。また、来たのか、今度は誰が迷子だ」
「迷子やあらへん。ちと、ポッペさんに相談があってな。森の奥で『目覚めの石』って採れるやろう。おっちゃん、その石が欲しいんよ。お礼をするから、石が採れる場所に連れて行ってくれへん」
ポッペが威勢よく語る
「目覚めの石がある場所は危険だ。でも、おっちゃんは運がいいぞ。俺が『目覚めの石』を持っているから、分けてやろう」
「ポッペはんが持っているんか。それは、助かります」
ポッペがポケットに手を入れて捜すが何も出てこない。ポッペが思い出した顔をする。
「いけねえ。『目覚めの石』は、落としたんだ」
「どこに落としたら、覚えていませんか?」
ポッペが残念そうな顔で発言する。
「覚えている。だけど、落とした場所は岩の裂け目だから、取れないよ」
「大丈夫ですわ。おっちゃんなら、取れますわ。案内してもらえますか」
「こっちだ」とポッペが元気よく走り出した。おっちゃんも走って従いていく。
十五分ほど走ると大きな岩の前に着いた。岩には幅十㎝の裂け目ができていた。中を覗くと、奥に何か黄色に光る石がある。
ポッペがどうだとばかりに発言した。
「ほら、あの光る石が『目覚めの石』だ。どうだ、あれは取れないだろう」
「そんなことありまへんよ。また、見ていてください」
おっちゃんは裸になると、蛇の姿を念じる。たちまち、おっちゃんの体がロープのように細く長い蛇の姿になった。
おっちゃんは人間ではない。おっちゃんは『シェイプ・シフター』と呼ばれる、姿形を変化させられる能力を持ったモンスターだった。
ポッペがおっちゃんの変身に、素直に驚きの声を上げる。
おっちゃんは岩の裂け目からするすると入って、『目覚めの石』を咥えると、裂け目から出てきた。人の姿を念じて元に戻る。
ポッペが顔を輝かして訊いてくる。
「すごいな、おっちゃん。もしかして、大きくもなれるのか?」
「あまり、大きい姿は無理ですけど、ワイバーンくらいにならなれますよ」
ポッペがキラキラした瞳を、おっちゃんに向けてくる。
「そうか! ワイバーンになってくれるか?」
(『目覚めの石』を分けてもらうんや。それくらい、お安い御用や)
「ええですよ」と、おっちゃんは服をバック・パックに詰めてワイバーンになった。
「よかったら、ポッペさんを背中に乗せて、飛びましょうか」
ポッペが満面の笑顔で頼む。
「いいのか、頼むよ。俺も空を飛んでみたい」
おっちゃんはポッペに荷物を持たせると、ポッペを背中に乗せて飛ぶ。
「しっかり掴まっていてくださいよ」
空を飛ぶと、ポッペが歓声を上げる。空に舞い上がると、遠くに山が見えた。
「あれが、神の住む山でっか」と尋ねる。
ポッペが機嫌もよく応える。
「『巨人の寝床』のことか? あの山に神様なんか、住んでいないよ。あの山の下には、でっかい巨人が眠っているんだよ」
(そうなんか。マレントルクでは巨人が神様なんかな)
おっちゃんは二十分ほど遊覧飛行をしてから、森の外れに降り立った。
ポッペが興奮した表情で声を出す。
「空を飛ぶって楽しいな。また今度、乗せてくれ。できれば友達も乗せたい」
「また、機会ありましたらな。あと、これ、『目覚めの石』のお礼です」
おっちゃんは持ってきた魚の干物を差し出す。ポッペが素直に喜んだ。
「魚の干物か。嬉しいよ。仲間と炙って食べるよ。一人の偏屈を除いて、みんな魚は大好きさ」
おっちゃんは着替えた。ポケットに『目覚めの石』を入れて、意気揚々と寺院に戻った。
寺院の庭でイサムの姿を探す。赤岩を割って食材を出すイサムの姿が目に入った。
おっちゃんはポケットの中で『目覚めの石』を握る。
「イサムはん、精が出るな。あんな、ヤスミナはんのことやけどな――」
イサムが安心した顔で告げる。
「ヤスミナ様の件ですか。ほんによかったです。さすがはナディア様です。まさか、こうも早く石割で『目覚めの石』を出してくれるとは思いもよりませんで」
「ナディアはんが、『目覚めの石』を持ってきたんか?」
イサムが、きょとんとした顔で答える。
「御存知なかったですか。つい先ほど、ナディア様が『目覚めの石』をお持ちになりました。眠っていたヤスミナ様は目を覚ました」
「そうか。それで、どうなったん。どっちが本物やったん」
イサムがニコニコした顔で告げる。
「ヤスミナ様が目を覚ますと。もう一人のヤスミナ様が、透明になるようにして消えました。あれには、驚きました。それで、目を覚ましたヤスミナ様が本物だと、巫女長が判断なされました」
おっちゃんは、ポケットの中で握っていた手を離した。
(ナディアはんが活躍したのなら、それでええか)
「そうか、それはよかったな」と、おっちゃんは踵を返して、宿坊に戻った。
宿坊でごろごろしていると、扉をノックする音がした。開けると、ヤスミナが立っていた。
ヤスミナは顔に感謝の色を浮かべて話す。
「おっちゃんさん、ですね。私を『幻影の森』から担いで救出してくれたと聞きました。ありがとうございました」
「呼び名は、おっちゃんで、ええよ。別に大した仕事やあらへん。寺院の人にはよくしてもらっていますから。そんで、一つ訊きたいんやけど、どうして、あんな危険な場所に夜に行ったん?」
ヤスミナの表情が曇る。
「それが、よく覚えていないんです。ただ、『夜の精霊』に呼ばれた気がします。そうして、夢の中で『夜の精霊』に従いて行きました。行き着いた先は『巨人の石』でした」
「そうか。夢と現実の狭間にいたんやな。それで、その先は?」
ヤスミナが苦しそうな顔をする。
「『巨人の石』の前でなにか大事な話を石から聞かされた気がします。でも、何を聞いたかは思い出せないんです」
おっちゃんはヤスミナを気遣った。
「ええよ。無理に思い出さなくて。ちょっと気になっただけやから」
ヤスミナがお辞儀をして退出した。




