第百九夜 おっちゃんと和睦の使者(後編)
一夜が明けた。冒険者の酒場に下りていくと噂話が聞こえた。
「モンスターは和睦の条件を出したそうだ。ユーミットの首と街を明け渡せば、命までは取らないそうだ」
「それが本当なら助かる可能性があるな。街が囲まれた責任はユーミットにある。ユーミットは街の人間のために首を差し出すべきだ」
(誰かが意図的に和睦の内容を流しておるね。このままだと、街は割れるね。そうなれば、ハルクの木乃伊軍団が街に流れ込んでこなくても、流血は避けられんか)
街に出ても「ユーミットの首を差し出せば助かるかもしれない」の話が流れていた。
(危険な兆候やな。仕事を急いだほうが、ええかもしれん)
昼にはフルカンが包みを持ってやって来た。密談スペースで確認すると、銀色の壺だった。
銀色の壺は、外観は偽物とそっくりだった。だが、偽物と違い、風格があり、気品があった。魔法を使わなくても感じられるほど強い魔力もあった。
「よっしゃ。これ、貰うで」
フルカンは「よろしく、頼む」と、深々と頭を下げた。
おっちゃんはフルカンと別れ、『瞬間移動』で寺院に急いだ。
アフメトに会って『スレイマンの壺』を渡した。
「『スレイマンの壺』を持ってきました。それで、お取り成しの件、よろしくお願いできませんやろうか」
アフメトが壺を手に取り、満足気な顔で発言した。
「これは確かに『スレイマンの壺』ですね。和睦条件の緩和の件なら、昨日のうちに『アイゼン』陛下に、お願いしておきました」
「昨日の時点では、『スレイマンの壺』が届くかどうか、わからんかったと違いますか」
アフメトは、ニコニコしながら答えた。
「だが、届いた。ならば問題ない、でしょう」
おっちゃんはアフメトの温情に頭を下げた。
次にサドン村に『瞬間移動』で飛んだが、村には、やはり入れてもらえなかった。
グラニとは村の外で会った。
おっちゃんに会うと、グラニは満面の笑みで教えてくれた。
「やったぞ、おっちゃん。長老が動いてくださった。『アイゼン』陛下に、嘆願をしてくださったぞ」
「ありがとう。これも、グラニはんのおかげや」
グラニが真剣な面持ちで訊いた。
「それでだが、『アイゼン』陛下がユーミットの登城を命じた。ユーミットを連れ出せるか」
「ここまで来たら、やるしかないの。いいわ、すぐに連れてくる」
おっちゃんは残り一個となった魔力回復の飴を舐め、『瞬間移動』で冒険者ギルドに戻った。
冒険者ギルドではフルカンが待っていた。フルカンがやきもきしながら訊いた。
「どうだった、おっちゃん」
「和睦の条件緩和は可能や。すぐに、ユーミットを連れて『無能王アイゼン』の待つ『黄金の宮殿』に行かねばならん」
フルカンが考え込む。
「『無能王アイゼン』に謁見するのか。行ったら殺される可能性があるな」
「殺したいなら、登城せよと言わんやろう。外にいるハルク将軍に殺させる。あまり考えている暇ないで。うかうかしていたら、街の人間にユーミットを殺される。そうなったら、この話もしまいや」
「わかった。おっちゃん、一緒に来てくれ」
城の裏口で待つと、フルカンが商人に変装したユーミットを連れてきた。
おっちゃんはユーミットを連れて、サドン村まで『瞬間移動』で飛ぶ。
サドン村の入口には以前に『黄金の宮殿』で見た蠍人の使用人が待っていた。
ユーミットが蠍人を見て顔を強張らせて、おっちゃんの手をぎゅっと握る。
「こんなところで怖がっていたら、あかんよ。この後には、もっと怖い『無能王アイゼン』と会うんやで。気を確かに持ってや」
「わかった」とユーミットは短く口にした。
蠍人の使用人がマジック・ポータルを開いた。
ユーミットの手を取って、マジック・ポータルを潜った。
朝食会で使った広間に出た。
『無能王アイゼン』はソファーに腰を深く下ろして待っていた。『無能王アイゼン』は取り立てて怒った顔をしていなかった。
それでも、『無能王アイゼン』を初めて見たユーミットの顔は、怖がっていた。
おっちゃんは、ユーミットの脇腹を軽く肘で突く。
「ぼーっとしてないで、挨拶して。こっちから頭を下げに来たのに、失礼でしょ」
おっちゃんに促されて、ユーミットは床に膝を突いて臣下の礼を取った。
「初めまして、『アイゼン』陛下。バサラカンドの領主の、ユーミット・イブラヒムです。このたびは私の浅はかな行動により、ご機嫌を損じさせて申し訳ありませんでした。いかようにも処罰を受けますので、街の住民と家臣を助けてください」
『無能王』アイゼンが不機嫌な顔で発言した。
「別にレインが欲しくて冒険者で奪還を試みたなら、怒りはしなかった。兵を差し向けても、ここまではしなかった。ただ、この『無能王アイゼン』を見縊った行為は許せんな」
「真に申し訳ありません」ユーミットは這い蹲った。
『無能王アイゼン』はおっちゃんに向き直った。
「さて、和睦の条件だがおっちゃんならどうする? ユーミットをこの場で斬るか」
ユーミットの体が、ビクッと震える。
「おっちゃんなら、そんな処罰はしません」
『無能王アイゼン』がおっちゃんの言葉に興味を示した。
「なら、どうする」
「まず、出陣に要した費用をバサラカンドに全額負担してもらいます。そんでもって、今回の責任を取ってユーミットはんに退位してもらいます。その上で、『アイゼン』陛下が次の領主を決めるってので、どうでっしゃろ」
『無能王アイゼン』が小首を傾げる。
「それだけか?」
「あとは、そうですね。人間と蠍人との交易を認めさせる。『ガルダマル教団』の禁教を解く―て、ところですか」
『無能王アイゼン』は気分良く応じた。
「なるほど、我が友人たちの利益になる提案だな。それもよかろう。他にはないか。それでは、いささか少ないように思うが」
「欲を搔いていいことありません。こんくらいで許してやってもいいと思いますよ」
『無能王アイゼン』は欲張らなかった。『無能王アイゼン』が軽い調子でユーミットに尋ねる。
「ユーミットよ。余は、おっちゃんの出した条件で手を打ってもいい。どうする?」
ユーミットは頭を上げずに平伏して受け入れた。
「承知しました。すぐに帰って、退位と城の明け渡しの準備をいたします」
「そうか。では、これからも、よろしく頼むぞ。ユーミットよ」
「はい」とユーミットは答える。だが、ユーミットには『無能王アイゼン』の意向がわかっていなかったようだった。
おっちゃんがフォローする
「良かったな、ユーミットはん。お城に戻れて、領主がんばりやー」
「えっ」とユーミットが口にするので、おっちゃんはユーミットに説明する。
「『アイゼン』閣下は次の領主に、ユーミットはんを指名したんや。つまり、一回、退位して、もう一回、即位するんや。面倒かもしれんが、離任式と就任式は、ちゃんとやりやー」
『無能王アイゼン』が指を鳴らす。空中に紙とペンが現れ、自動に紙に何か記録する。アイゼンがもう一度、指を鳴らすと玉璽が現れた。
『無能王アイゼン』は紙に玉璽を押し、おっちゃんに差し出した。
『ユーミット・イブラヒムをバサラカンド領主に任ずる。無能王アイゼン』と書かれていた。おっちゃんはユーミットに紙を渡した。ユーミットが目を見開いていた。
『無能王アイゼン』が明るい顔で気楽に告げる。
「冒険者による『黄金の宮殿』への出入りは禁止するな。あれは、あれで役に立っているのでな」
「承知しました」とユーミットは信任状を大事そうに受け取り命令を聞いていた。




