12章 リザリア 後
「お嬢様」
メイドのマーサの声に私は手にしていた本から視線を外します。
「読書中、申し訳ございません。パーネス男爵よりお手紙です」
「またですの」
マーサの言葉に深いため息が零れます。
受け取った手紙を開いてざっと目を通しますが…内容は前と大差ありません。
「懲りずに金の無心ですか」
側にやって来たチャーリーに苦笑と共に読み終わった手紙を渡します。
「ええ、あの痩せた土地の男爵領では税収は微々たるものですし、昨年の冷害の所為もあって食べる物にも困っているようですわ」
冷害地には王宮から支援物資が送られていますが受け取れるのは平民のみです。
領主である父には適応されませんから。
「あれだけお嬢様に酷い扱いをしておいて困窮したら恥ずかしげもなく縋ってくるとは…パーネス家の名が泣きますな」
そう言ってからチャーリーが人の悪い笑みを浮かべます。
「ではいつものように三百ロラを送金しておきます」
かつて父が私に送っていた金額を口にすると、ところでとチャーリーが話始めます。
「十年前、開拓地から逃亡し行方知れずになっていたリチャードさまとリアンノさまですが」
「あら、見つかりましたの」
夢幻茸事件の共犯として開拓地での勤労を命じられた兄たちでしたが、半年もしないうちに逃げ出して王命に叛いた者として追われる身となりました。
きちんと勤め上げていれば騎士へ復帰の道もあったでしょうに、プライドの高い兄たちは平民の労働者と同じ扱いをされることに我慢ならなかったようです。
「名を変え冒険者となっておりました」
脳筋ではありますが剣の腕は確かでしたから、それなら贅沢をしなければ十分に生計は立ったでしょう。
「それで今は何処に?」
私の問いにチャーリーは軽く肩を竦めながら答えます。
「南の先にあるサガン領の神殿で下働きをしています。何でも討伐するはずの魔物にそれぞれ片腕と片足を食い千切られた所為でまともな職に就けず、神官のお情けで置いてもらっているとか。さんざんお嬢様のことを不具者と馬鹿にしていた当人たちがそうなるとは…天罰ですかな」
「そうかもしれませんね」
チャーリーの言葉に頷きながら家族たちのことを思い浮かべます。
近衛騎士団長として栄華を極めていた父も今では僻地の男爵に降格となり日々の糧にも困る有様。
よく私に『部屋から出ることを禁じます。みっともない姿を見せないで』と言っていた母は王妃さまの茶会で醜態を晒したことから他人に会うのが怖くなり、今は自分が部屋から一歩も出ず。
『リザリアは家の恥ね。もし私が恥と呼ばれるようになったら潔く自ら命を絶つわ』そう言っていた姉は恥をかかされた夫によってその命を奪われ。
足の悪い私のことを馬鹿にし、わざと転ばせたり突き飛ばして笑っていた兄たちは今度は自分たちが同じ立場となり。
『まるでオークね。醜いわ』と罵り、私の物をすべて奪っていった妹は、かつての私よりも太って誰からも見向きもされず一番大切な自由を奪われました。
「けれど周囲には恵まれましたわ」
小さく笑うと私は一人一人の顔を思い浮かべます。
家族から虐待され孤立していた私に最初に手を伸べてくれたのは隣にいるチャーリーでした。
最初はオリビアおばあさまに似た私が不当な扱いを受けていることへの同情からでしたが、すぐに私の異質さに気付いて後継としての『教育』を始めました。
前世の記憶を持っていましたから幼児なのに虐待にもまったくめげず、そのうえ考え方や行動は大人じみてましたからね。
おかげで早々に家族から隔離してもらえて本当に助かりました。
そしてマーサを始めとする屋敷の使用人の人達。
父からの送金は無いにも等しく、最初の頃は赤貧洗うが如きありさまでした。
碌な給金も払えず、その日の食べ物にも困る生活。
それでも誰も辞めることなく、それどころか足りない収入を補うために手内職をしたり外に働きに出てくれたりしました。
だらしない主人で申し訳ないと頭を下げましたら『お嬢様がお金を儲けられるようになったら倍にして返してもらいますから』とそんなことを言って笑ってました。
原稿料が入るようになって言葉通り倍にして返そうとしましたが、誰もが『お嬢様をお守りするのが使用人の務めですから』と頑として受け取ってくれませんでした。
ですがさすがにそこまで甘える訳にはゆきません。
自分で稼いだ分は受け取ってくださいと懇願しましたら、渋々ながらも頷いてくれたので良かったですけど。
その忠心は今も変わらず、親身になって世話をしてくれています。
有難いことです。
友人にも恵まれましたね。
最初に仲良くなったスザンナさまとは今も変わらぬ交友が続いています。
当代の影士の長…というより敏腕管理官の呼び名の方が相応しいですね。
彼女の働きは目覚ましく、一番の功績は組織内での情報管理システムを改善したことでしょう。
おかげで夢幻茸事件のように地方からの報告がおざなりになることが無くなりました。
その祖父であるウイリアム・マーシュ侯爵さまは高齢のため3年前に宰相職を辞されましたが、今もお元気でよくチャーリーに会いに我が屋敷にいらっしゃっています。
話題の多くはオリビアおばあさまや昔話ですが、時に聞き捨てならない内容も含まれたりしているのは困りものです。
まあ、そこは触らぬ神に祟りなしとスルーさせてもらってます。
王妃さまやコリアンヌさまたち王宮メンバーとも変わらぬお付き合いをさせていただいております。
たまに謀…いえ、清掃作業のお手伝いをすることもありますが概ね平和に過ごしています。
そして私の息子になってくれたアリオン。
彼のおかげで私には縁がないと思っていた『子育て』という貴重な体験をさせてもらっています。
それを抜きにしてもアリオンは私の可愛い子供です。
彼の幸せを心から祈っています。
今まで多くの方に守られ助けられて来ました。
魔道具ではカイザールさまを始めとする開発部の方々、小説ではエルロットや出版社の人々。
でも一番に助けてくれたのは私の書いた小説を気に入り愛して下さった数多くの読者です。
私が今こうしていられるのは彼らのおかげです。
本当に感謝に絶えません。
「やあ、ミス・グリーン」
回想に浸っていた私の背後から聞き慣れた声がしました。
振り向けば大変良い笑顔を浮かべた方が窓から仕事部屋に入ってこられます。
「いつも申し上げておりますでしょう。いらっしゃるなら先触れを、入る時は玄関からと」
深いため息と共に謹言すれば、まあまあと軽く手を振られて空いた椅子に腰を下ろされます。
「僕と君との仲じゃないか。固いことは言いっこなし」
「…それで何の御用でしょうか。国王陛下」
途端に陛下の顔に皺が寄ります。
「僕のことはリチャードでいいって」
「そういう訳にはまいりません」
首を振る私に陛下は、だってさーと拗ねたように言葉を返します。
「王宮で本ばかり読んでるただのおっさんだよ。陛下なんて呼ばれると肩が凝って仕方がない」
「…よくおっしゃりますこと」
呆れ顔を浮かべる私に陛下はニッコリと笑みを返します。
民たちは言います『泰平を与えてくれる名君』と。
貴族たちは言います『王はお飾り、本当に恐ろしいのは王妃さまだ』と。
王妃さまは言います『真面目で優しいだけの方、でもそこが可愛いの。だからこそ私たちが守って差し上げないと』と。
ですがこの方の本当の姿は…。
「それで?今度は何をする気ですの国王…」
「リチャード」
食い気味に言い返されましたので深く息をついてから直します。
「…リチャードさま」
満足げに頷くと陛下は楽し気に言葉を継ぎます。
「ちょっと面白いことが起こっているんだよね。西で」
「西…ディラエン国ですか?」
「ああ、そこの貴族学院でね」
「…本当に優秀な耳をお持ちで」
離れた国の、しかも学院のことを知っている陛下に感心と呆れが混ざった視線を向けます。
陛下の話によると…学院の生徒会長を務める第一王子に恋人ができた。
彼女は身分の低い男爵令嬢で本来なら側に近づくことは不可能なはず。
だが王子の前で派手に転び、助け起こされたことがきっかけで知り合い…そのまま親しい間柄になった。
けれどそれは王子だけでなく生徒会役員である宰相令息、騎士団長子息、魔法省長官の息子、大商家の跡取りとも仲が良い。
当然のことだが彼らには家が決めた婚約者がおり、彼女とのことに眉をひそめている。
「…どこかで読んだロマンス小説のようですわね」
「まあ、シナリオとしては凡百だけど実際にそうなったら大変だよね。で、どうしてこんなことになったのか不思議でちょっと調べてみたんだよ」
確かに帝王学を叩き込まれている王子やその側近候補がこうも簡単にハニトラに引っ掛かるとは思えません。
「間諜を疑って泳がせてる様子もないしね。揃いも揃って頭の出来が悪いのかと思ったけど男爵令嬢が現れる前まではそれなりに賢かったみたいなんだよね」
「…ならば…魅了でしょうか」
私の答えに陛下が大きく頷きます。
「さすがはミス・グリーン。これだけの情報で見破るとは」
「あら、本当にそうなのですか」
「こっそり鑑定をかけたら確かに魅了持ちだった。しかも無自覚に発動して周囲を巻き込むタイプだね」
「最悪ですね」
単に自分がモテているだけと当人は思っているのでしょうが、魅了魔法は洗脳の一種で長きに渡り干渉を受けると相手は理性を麻痺させ最終的には彼女の言いなりになるようになります。
「性格もなかなか強かで上昇志向も強めなんだ。きちんと≪教育≫すれば良い尖兵になるだろう。で、何とか彼女をこの国に呼び込めないかと思ってるんだけど」
「…物騒な人間兵器をですか?。扱いを間違うとこちらが滅びますわよ」
確かに魅了魔法が使える者は大変希少で利用価値が高いです。
しかもディラエン国の者は誰もその事に気付いていません。
これは彼女の魅了が広範囲でなく限られた相手にしか使えないということでしょう。
それを逆手にターゲットの下に送り込めればごく自然に相手を骨抜き…無力化出来ます。
ですがそれは此方にも言えること。
魅了魔法は両刃の剣なのです。
「そこは上手くやるよ。第一開発部が精神攻撃魔法無効化の魔道具を作り出したしね」
「いつの間に」
唖然とする私に陛下が軽く胸を張って言い切ります。
「僕の部下は優秀な者ばかりだからね。此方が何もしなくとも周りが勝手にやってくれる。このシステムを構築するまで発案した六代目から三代もかかってしまったけど今は順調だしね」
「ええ、それでいて反乱は起こさせない。他国から侵略もさせない。その舵取りは歴代の王君どなたもがお見事です」
無能で害のないお飾りと言われていますが、その実態は妻であるあの王妃様まで騙し通す切れ者。
私の目の前にいる方は、誰に知られること無くこの国を動かしている真の支配者です。
「で、何か妙案はないものかな」
「何故私にお聞きになりますの?」
「その彼女、君の小説の大ファン…今はガチオタって言うんだったね。だから作者権限でちょこちょこっと」
「…簡単に言って下さいますわね」
今日何度目かの溜息の後、陛下に向き直ります。
「六日後に発売の新刊の奥書にいくつか印を入れて、印があった本を購入した者はこの屋敷に招待して私からサイン色紙を手渡す『読者キャンペーン』を打ち出しましょう。その一冊を彼女が手に入れるよう差配してはいかがです」
「いいな、それなら這ってでもこの国にやってくるだろう」
嬉々として頷くと陛下が私を見つめます。
「やっぱり君は頼りになる。僕のことに気付いた時に殺さなくて良かったよ」
満面の笑みで陛下が実に物騒なことを口にします。
5年ほど前でしょうか、知り得た情報を繋ぎ合わせていましたら…陛下の正体に気付きました。
それはすぐに陛下も知ることとなり、この時ばかりは死を覚悟しましたが。
どうやらまだ私には利用価値があったようで見逃してもらえました。
ですがそれ以降こうして時折お忍びで我が屋敷に来られるのは困りものです。
「それに僕付きの影を除けばお飾りの仮面を付けずに話が出来るのは今のところ君だけだからね」
確かに陛下子飼いの影は精鋭中の精鋭です。
陛下の手足となり誰に知られること無く王命を完璧に遂行します。
今もチャーリーにすら気取られること無くこの屋敷の中で陛下の警護に当たっているのでしょう。
「…それはありがとうございます。これからもせいぜいお役に立って命を繋ぐようにいたします」
軽く頭を下げる私に苦笑を浮かべていた陛下でしたが、そうそうと思い出したように手を打ちます。
「レマウスが迷惑をかけたね」
「お気遣いなく。王太子殿下の戯言を真に受けた者が愚かだっただけですわ」
「そうなんだけどさー。味方を増やせとは言ったけど、やり方が拙劣なのはいただけないな。…跡取りが病で急死するのは先々代の時だけにしたいんだけど」
何気ない口調でとんでもないことを言い出しましたよ、この陛下。
私の視線に気づいた陛下が笑みと共に言葉を継ぎます。
「国の管理は僕の務めだからね。禍の芽は早いうちに摘んでおかないと」
本当に怖い方ですね。
国に泰平をもたらす為なら人の命も平気で犠牲にします。
それが我が子だとしても…。
ですがそうでもないと国王などやって行けないのかもしれません。
何しろ陛下が背負っているのはこの国…国民の命すべてなのですから。
「今、僕のこと極悪人だと思っただろう」
その瞳に一瞬ですが寂しさを漂わせる陛下に笑みを向けて言葉を綴ります。
「私はこの国が好きと胸を張って言えることに幸せを感じていますわ。その国が戦火に巻き込まれぬよう力を尽くす陛下に感謝しております」
戦が起こればその国の文化は灰燼に帰してしまいます。
壊すのは簡単ですが作り出すには長い時が必要です。
「…分かってもらえて嬉しいよ。」
酷く嬉し気な陛下に向けて私は静かに頭を垂れます。
家族にも真実を隠し通す孤独に身を置きながら務めを果たす王に畏敬と感謝を込めて。
「それじゃあまたね」
笑みと共に颯爽と窓から出て行く陛下を見送ってから執筆を再開するべくペンを取ります。
私には書くことしか出来ません。
それすらも多くの方たちに助けられて漸くです。
でもだからこそ私は書き続けようと思います。
私の書いた物を読んだ方が幸せになってくれるよう願いを込めて。
それが私に出来る唯一の恩返しですから。
「多少騒がしくはありますが…これからもこの楽しい日々が続くことを願うばかりですわ」
開け放たれたままの窓から覗く青空を見上げてリザリアは小さく微笑んだ。
『小説家 ミス・グリーン』 終章
しばらくぶりに書いた拙いお話を読んでいただきありがとうございました。
また別作品を書きたいと思っていますので、その時はよろしくお願いいたします。




