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小説家 ミス・グリーン  作者: 太地 文
15/16

12章 リザリア 前


「人が幸せになる条件が何か知っている?それには3つが必要だそうよ。


『自分が人の役に立てると思えることが出来ること』


『自分の身の回りに信頼できる人がいること』


『自分の良いところも悪いところもすべて認めてもらえること』


幼い時に読んだ本にそう書かれていましたの」


そう笑う義母はその全部を僕にくれた。



「アリオンさま」

「何かな、ライセル」

 読んでいた本から視線を上げると従者のライセルが胸に手を当てながら口を開く。 


「裁縫師が次の夜会の衣装についての打ち合わせをしたいと」

「ああ、そうだったね」

 頷きながら僕は座っていた椅子から立ち上がる。


この数年で随分と背が伸びて今では長身なライセルの肩に届くくらいになった。

そんな僕を見ながらライセルがしみじみと呟く。


「早いものですね。このお屋敷に来てから10年ですか」

「そうだね」

 生家を追い出された僕を引き取ってくれた義母には感謝しかない…いや、感謝なんて言葉じゃ到底足りない。


もう二度と会えないと思っていた乳母のサリエを探し出して僕の専属メイドにしてくれた。

再会できた時は本当に嬉しくて大泣きした。


それ以上に嬉しかったのは生家で孤独だった僕の唯一の友で憧れていた絵本の主人公…アリオンの名をくれたことだ。


彼もまた義母から生み出されたもので、僕にとっては兄弟みたいな存在だ。

それを知った時、本のアリオンのような強い子に…彼に恥ずかしくない生き方をしようと誓った。


そんな大恩ある義母に僕はまだ何も返していない。

返すどころか醜聞を引き起こしたことすらある。


最初は僕のことを遠縁の子を引き取ったということにしていたが、僕らがあまりに似をたため社交界で一時、実は隠し子なのではとの噂が立った。


もちろん、そんな噂を流した連中は王妃様を筆頭とした義母のファンたちにすぐに粛清されてしまったけれど。


でもその噂を聞いた義母は『それなら本当に親子になってしまいましょう』と言い出し、早々に養子縁組をして僕はただのアリオンからアリオン・パーネス伯爵子息になった。


前は子爵だったらしいが、僕が引き取られてすぐに義母の小説の高評価と魔道具開発への貢献が認められて伯爵に陞爵された。


伯爵となると一代限りという訳には行かず、後継が必要になったので『ちょうど良かったですわ』と義母が屈託なく笑っていたのを覚えている。


その時に絶対に立派な人間になって義母に恩返しをしようと心に決めた。


僕が後継に決まって喜んだのは義母だけじゃない。

それ以上に喜んでいたのは執事長のチャーリーだ。


「パーネス家の後継ならば私のすべてを教え込みましょう」

 そう意気込んで90歳になる今も元気溌剌で、僕とライセルの師であり超えられない壁として君臨している。


最初は『なんで俺まで』ってぼやいていたライセルだったけど、チャーリーに得意の策略で完膚なきまでに叩きのめされた後で『パーネス家の従者たる者、この程度のことが出来なくてどうします?』とせせら笑われてから俄然やる気を出して現在進行形で修練に励んでいる。


チャーリーとしてはいずれは僕に伯爵家だけでなく影士の長も継いで欲しいらしくその教えは厳しい。


剣を始めとする戦闘術はもちろん、相手の裏をかく謀略術、特に探索力、観察力、思考力、対応力、記憶力、分析力を徹底的に鍛えられている。


義母は『アリオンが背負う必要はないわ。貴方は好きに生きて良いのよ』と言うが、僕は影士の長になりたいと思う。


絵本のアリオンのように悪を討つ姿に憧れがあるし、何より義母の役に立ちたい、義母を守りたい。

それに僕が長になったら義母のためにいろいろと便宜が図れるだろうから。


チャーリー師匠がいうには僕には長の資質があるらしいから頑張ろうと思う。




「学園の方はどうかしら?」

 夕食の席で義母が笑顔で聞いてきた。


相変わらず執筆に忙しい義母だけど、時間が許す限り僕と一緒にいてくれるのは幼い頃と同じだ。

そんな義母に感謝しつつ僕は近況を報告する。


「特に変わったことはないよ。成績は5番から下がったことは無いし、友達もそれなりにいて仲良くやっているから」

「…坊ちゃまでしたら主席など楽に取れますのに、敢えてその位置いらっしゃるのですから」

 呆れた様子のライセルに僕は素っ気なく言葉を返す。


「目立ち過ぎて無用の敵を作る気はないからね」

 そんな僕らのやり取りに、あらあらと義母が楽しそうに笑う。


「我が息子は賢く生きているようで安心しましたわ。ところで留学中のローエン殿下はいかがなさってます?」

 義母の問いにため息と共に言葉を返す。


「相変わらずだよ。多くの下級貴族の令嬢を侍らせている…そのうち血の雨が降るんじゃないかな」

 隣国からやって来た第三王子は見かけは良いが中身は限りなく残念だった。


成績はそこそこだけど女癖が悪く、近付いてきた者は手当たり次第って感じで食い散らかしている。

相手の女生徒たちも玉の輿を狙ってのことだから自己責任だけど…今では学園中の噂になっているから修羅場は必至だろう。


「そのうち故国に呼び戻されるだろうから良いけど」

 肩を竦める僕に、ええと義母も同意する。


「諫める者がいないからと羽目を外しすぎたようね。隣国の王室にも行状が届いたようですし、時間の問題かしら」

 さすがに情報が早い。

チャーリー師匠に分からないことなんて無いんじゃないかと思える。


だけど留学先で問題を起こせばどうなるか…両国の間に亀裂を生じさせる危険もあった。

それすら分からなかった馬鹿には呆れるしかない。


「近いうちに奥庭のオークの下にやられるんじゃないかって噂もあるけど」

「あくまで噂でしょう。いくら何でも隣国の王子殿下にそこまではしないと思いますわ」

 ニッコリ笑う義母だけど…その目は意味ありげな光を宿している。


本当だったらご愁傷様だ。

あのオークは若い男となると見境がないから。

前にその姿を遠くから見たことがあるけど…あれは凄まじかったな。


良くそこまで太ったなと感心するくらい肥満した体を揺らして歩く様は正にオークだった。

もういい年なのに少女のようなドレスを着て、人相が分からなくなるくらい厚化粧をした姿は滑稽を通り越して恐怖さえ感じた。


奥庭に来た庭師の男を見るなり、真っ赤に塗られた唇を釣り上げたと思ったらその巨体に物を言わせて押し倒していた。

男の服を引き裂きながら『王太子の子を産むのは私よっ』と叫んでいたけど…その後のことは分からない。


『教育に悪いですから』とライセルに目を隠されて連れ出されてしまったから。


後で聞いたらあれでも王太子さまの側室の一人だそうだ。

けれど問題を起こして一度もお渡りが無く、その不満解消に暴食をして太ってしまい、口を開けば王太子妃さまたちへの呪詛を叫ぶ毎日なんだとか。


最近では少し気がおかしくなったらしく、若い男はみんな王太子さまに見えるようで子種を求めて襲い掛かるらしい。

もっとも避妊魔法がかけられているからあのオークが子を産むことは無いそうなんだけどね。


けどあんな化け物に襲われたら…その心の傷は相当なものだろう。

二度と女を抱けなくなるんじゃないか。

ローエン王子の冥福を祈っておこう。



「ところで義母さま。所長から求婚されたんだって」

「あら、耳の早いこと」

 デザートが終わったところで思い切って最大の気がかりを聞いてみる。

僕の問いに義母は、良くできましたとばかりに微笑んで見せた。


ニコライ・カイザール侯爵子息は王弟殿下の甥…王弟妃さまの兄の子で今は屋敷の隣にある第二魔道具研究所の長を務めている。


義母とは僕が引き取られる前からの友人で共同開発者でもある。


そもそも魔道具は戦闘の補助具として発展してきた経緯がある。

現に第一魔道具研究所の主は武器開発だ。


けれど2人が作り出した魔道具はそれらとは違い、生活向上を目的としている。

例えば保冷庫の普及で遠方の食材を手軽に手に入れられるようになったり、濾過機のおかげで常に綺麗な水が飲めるようになって疫病の罹患率が驚くほど低下したりと、人々を助け生活を豊かにしていった。


そのおかげか所長には『魔道具王』マジックトゥールキングという二つ名が付けられ。

そんな彼に斬新な発想を提供する義母は作家であることも加味して『不可思議女王』(ミステリアスクィーン)と呼ばれている。


そのカイザール所長が今日、何の前触れもなく突然に義母へ求婚した。


「最初は何の冗談かと思ったのですけど、お話を聞いて本気なのだと分かって余計に驚きましたわ。こんな行き遅れの女を選ばずとももっと良いお相手がいますでしょうに」

 苦笑を浮かべる義母に思わず異を唱える。


「義母さまはお美しいですよ。他の誰よりも」

「ありがとう。でもそれは好きな子に言っておあげなさい」

 クスリと笑う義母に改めて問う。


「それで…どうするの?」

「本人が言うには『君に対しての気持ちが特別なものだということにずっと気付かなかった。素晴らしい発想力を持った有能な仕事仲間で良き友人だとばかり…でも君を失いたくないと思ったら、その気持ちが恋であることが分かった』だそうよ」


「はぁ?…10年以上一緒にいて今更?」

 呆れ声を上げる僕の後で控えているライセルも完全同意とばかりに大きく頷いている。


「きっかけは王太子さまの言葉らしいのだけど」

 少しばかり困り顔を浮かべて語られた話によると…。


先月の夜会で王太子殿下が側近たちに何気ない口調で言ったのだそうだ。

「ミス・グリーンを側妃に迎えられたらいいのに」と。


小説家として王妃様を始めとした熱烈なファンを多く持ち、魔道具開発でも群を抜いている。

巷では『ペン一本で国を動かす女』なんて呼ばれている才女を手元に置きたいと思ったのだろう。


けれど義母はパーネス伯爵家当主だし、会ったことは無いけど義母の妹が既に殿下の側室として王宮にいるそうだ。

姉妹を同時に娶るのは外聞が悪いし、何より貴族間のパワーバランスを崩す恐れもある。


なのでその場では殿下の戯言として流されてしまったけれど、次期国王の言葉は重い。


僕を当主にして義母を隠居させ、改めて他家の養女とすれば何の問題もなく側妃に出来ると言い出したアホ貴族が、それも複数いたらしい。


さらにどの家が養子先になるかで水面下でかなり醜い争いがあったとか。


「困ったものですわ」

 溜息をつく義母だったが、次には楽しそうに言葉を継ぐ。


「でもそれを聞いたコリアンヌさまたちが『自らの身分をよく考えてから発言なさいませ』と王太子さまをギチギチに絞めたそうよ」

 それを聞いて何となくその様が思い浮かぶ。


王太子妃さまも側妃さまたちも(たお)やかな見かけと違って性格は苛烈だからな。

益荒男と呼ぶに相応しい方々だ。


それに王太子さまには王太子妃さまとの間に2人の王子が、側妃のユーリアさまには王子と王女が、メルウェーナさまにも王女がいて今は第二子を妊娠中だ。


さらに増える可能性が高いし、側室も多くいるから新たな側妃は必要ないだろう。


「王妃さまも『上に(おもね)るにしてもやり方が(いや)しい。そんな愚者は我が国には必要ありません』とお怒りで、私を側妃にと言っていた貴族は今は社交界で針の筵だそうだから」


義母の話に安堵すると共に、本当にこの国は王宮にいる女性たちのおかげで成り立っているんだなと実感する。


賢王と名高い先々代国王の功績も、その殆どがオリビアさまの助言あってのことと前にチャーリー師匠が言っていたし。


「側妃の件は無くなりましたけど、また婚儀の話が出ても何の不思議もないと気づいたら居ても立ってもいられなくなったとカイザールさまはおしゃっていらしたわ」


「魔道具のことしか頭になかった変人にようやく春が来たという訳ですか」

 やれやれと大きく首を振るライセルに、僕も同意の頷きを返す。


義母も一度執筆に入ると寝食を忘れて没頭することが多いが、カイザール所長はその上を行く。


優先されるのは一にも二にも魔道具。

魔道具開発の為ならなんだってする人だ。


前に空を飛ぶ魔道具の実験とかで屋根の上から迷いもなく飛び降りたことがあった。

結果は失敗で彼はその時、両足を骨折してしばらく自動式車椅子(これも義母の提案により作られた)の世話になっていた。


一つ間違えば命は無かったのに、周囲の心配を他所に当人は『良いデーターが取れた』とご満悦だった。


そんなカイザール所長をチャーリー師匠は『あれが利口な馬鹿というものです。ああなりたくなかったら坊ちゃまはキチンと常識を身に付けるのですよ』と言っていたな。


「それで…どうするの?」

 改めて問う僕に義母が微苦笑を返す。


「私を慕う感情は確かにあるのでしょうが、カイザールさまにとって最重要なのは魔道具開発であることに変わりはないでしょう。求婚したのも私が離れたら開発に支障が出ると思ってのことです」


「じゃあ断るの?」

「今は保留とさせていただいてますわ。『無くては生きて行けないものを持っている』その辺りの価値観が同じだと付き合いが楽なのですもの。私も一番は小説ですし、今回の求婚という貴重な体験を早速小説に生かさせてもらいますわ」

 ニッコリ笑う顔は作家のものだ。


義母にとってカイザール所長からの求婚も自分の小説を良くするための糧でしかないようだ。


「それに今回の求婚の件が周知されればお互い良い虫除けになりますし」


すまし顔でそんなことを言う義母。

浮つくことなく冷静に第三者視点で自分を見ているのは作家だからなのか。

いや、それもあるけどやはりチャーリー師匠の教育の賜物なんだろうな。


作家デビューするまで影士の長の最有力候補だったわけだし。


「まあ、今のところ貴方が独り立ちするのを見届けるのが目標ですから。自分のことを考えるのはその後ですわね」

 そんなことを言って片目を閉じてみせる義母に僕も笑みを返す。


「明日も良き日になるよう頑張りましょう。自分の思う通り好きに生きるにはそれが必須です」

「はい、義母さま」

 

そうだ、何が起ころうと僕の想いは変わらない。


親から存在を抹消された僕を認めて愛してくれた義母に報いるために、義母や義母の愛するこの国の役に立ちたい。

その為の努力を続けよう。



「パーネス家に『ロルナドの盾』の称号が戻る日も近いですな」

 意気込むアリオンを眺めた後、楽し気に独り言ちるとチャーリーは静かに部屋を出て行った。




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