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アルマクの終わる日




ララは、頭の中で何度も主人の言葉を、繰り返していた。これから、イネスに伝えなければならない言葉だから、違えてはいけない。だから、何度も繰り返していた。

イネスは今、牢に入れられている。

陛下は、事実を確認してから処罰を決めると言っていたが、その時点ですでに決まっていたのだろう。イネスは間違えたからだ。

イネスは作ってはいけないものを作り、売ってはならないのに売った。イネスは処刑されることが、あの時に、すでに決まっていた。ボワ・ド・ジュスティス、通称・ギロチンでの処刑が決定されたことを告げられて、ジゼルはわざわざオレールに会いに行った。そして、せめて、自分の手で最期をと願い出た。

ジゼルは、魔女自身が作った毒薬を、イネスに与えることを決めた。それは、きわめて残酷なように見えたが、主人の最後の愛情のようにも思えた。




「私、約束したの。頭と体がくっついた状態で、お返しするって。」




ジゼルは、アンヌ=マリーに、そう言っているのが聞こえた。それは、イネスを拾ったお茶会でのことだと、ララもすぐに思い出した。

あの時の魔女の非礼も、すべて思い出して、ララはまさかと、思った。

ジゼルの言動を思い出すと、恐ろしい事実が見える気がした。反射的に見てはいけないと思った。ジゼルは優しい主人だ。とても神秘的で浮世離れしていて、そして、神聖な、汚れを知らない主人だ。

ララは、気づいてなどいない。主人の恐ろしさなど見えてない。ララは、一生懸命に首を横に振った。

石畳の階段を降りて、ララは牢に行く。寒く感じるのは、石造りのせいだ。ララは、震えそうになるのを誤魔化して歩いた。




「イネス……」

「ララ!迎えに来てくれたの?」




イネスは、いつも通り、目深にフードを被っていた。その内側の髪は、いつものように毛玉を作っている。




「……違うの?」

「イネス、あなたの処刑が決まった。」

「う、そ。そんな、そんなことってない!私、約束は守ったんだよ!」

「ジゼル様は、売るなって言ってた。確かに、言った。」

「でも、人に売るなって!」




ララは、もう一度、ジゼルの闇が垣間見えそうになって、首を横に振った。




「処刑を決めたのは陛下だ。この国にあってはならないものを作ったのだから、命で償えということだ。」

「そんな。私、首を切られるの?そんなの、そんなの、嫌!」

「ああ。そんな、苦しみを与えたくないと、ジゼル様が、陛下にお願いしてくださった。」

「え?じゃあ、」

「私は、これを届けに来た。」




見せたらわかる。


そう聞いていた。だから、ララは薬包を取り出して見せた。イネスの顔色は見る間になくなっていった。




「これは、ジゼル様のご慈悲だ。」

「そんな……そんなの嫌!」

「お前が、これを飲めば、弟の将来を保証するとおっしゃった。アカデミーへの入学も手配するし、将来、弟が路頭に迷うこともない。」




ララは、自分が、ひどいことをしている気分になった。イネスは確かに、愚かだった。獣人である自分にとって、本当に危険で恐ろしいものを作り出したのはイネスだ。だが、一方で、イネスはララとともに、ジゼルに仕えていた。気のいいやつで、少しバカで、でも憎めない妹のようでもあった。




「だが、すべては、お前が素直にこれを飲めばだ。」




イネスは絶望の表情を見せた。だが、同時に、イネスの瞳の中には希望も見いだせた。ララの持つ薬包に、イネスは震える手を伸ばした。

ララには兄弟がいない。だから、イネスの気持は理解できない。でも、これが、愛情なのだとしたら、愛とは恐ろしいものだと思った。

愛は、自分を殺してしまう。とても、恐ろしいものだと思った。

イネスが、薬包を受け取ったのを見て、ララは踵を返した。主人は見届けろとは言わなかった。一刻も早く、この寒さから逃れたい。

ララは、手で体をこすりながら、階段を上る。ジゼルは、優しい主人だ。この処罰も、ジゼルの慈悲であることは間違いなかった。

でも、同時に、ジゼルを恐ろしいとも思った。ジゼルは、ララには見せない闇があるのではないか。儚く美しい主人は、深い闇を抱えているのではないか。そう思ってしまう。

ララが、ジゼルにお願い事をされたのは二度目だ。今回も、前回も命令ではなく、お願いだった。だから、毒薬を渡すという損な役回りも断ることが出来た。

でも、断れなかった。

アンヌ=マリーが、これでよろしいのですかと、尋ねた時、ジゼルは言っていた。




「私、約束したの。頭と体がくっついた状態で、お返しするって。」




そう言って、悲しそうに微笑んだ。ララは少し離れた位置に立っていた。それでも、ジゼルが悲しそうにしているのが分かった。だから、これはジゼルの望んだことではないと思った。だが、そのあと、ジゼルはつづけた。




「それに、私、一度された非礼は、一生忘れないの。」




そうして、ゆっくり振り返った。




「ね?ララ。」




ララは、微笑んだジゼルを見た瞬間に、もう駄目だと思った。魔女は、絶対に許されない。そして、それは、魔女だけではないのだと分かった。










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