死ぬまで踊れ、アルニラム
「姉上……」
「王宮にある神の炎を持ってきてくれるかしら。」
弟はただ、姉と姉の夫であるエマニュエルの不仲説を払しょくしたいがために、守り人の祝福を与えると言った。期待と異なり、エマニュエルが負けただけの話だ。そして、それが、彼の本来の能力を知るものにとっては不自然な負けだっただけ。
勝った当事者のギー・アゼマですら首を傾げている勝敗だったが、誰も否ということはできない。
ジゼルは、キスという形ではない祝福を与える必要がある。美しい装飾を施した鳥籠に、神の炎が入れられて、王宮に仕える少ない神官たちが慎重に運んでいた。
ジゼルは、高いヒールの靴を脱いで、足に巻いてある細い鎖を撫でた。
「こちらに」
ジゼルはコロッセオの真ん中に立ち、神の炎を鳥籠から、自らの手の上に移した。炎は消えることなく、ジゼルの手のひらの上で揺らめいている。
どよめきが広がった。
燃え広がることも、ジゼルを傷つけることもない炎を眺めて、ジゼルは左手を中空に伸ばす。神の炎は、ジゼルを傷つけることは決してない。それは、そうジゼルが信じているからだ。肌を焼くことも、服を燃やすことも決してない。その信じる強さが、ジゼルの守り人たる所以だ。
炎が自由にジゼルの周りを飛び始めたのと、同時に、ジゼルは右足を、中空に上げる。サラサラと鎖が鳴る音が、コロッセオに響いて初めて、誰もが沈黙していることに気づいた。
神殿で舞うように、ジゼルは舞った。羽が生えたように軽く舞っているように見えるのは、その白い衣装のおかげだ。
ジゼルは本当は、息が上がるほどの苦しさを覚えていたが、それを押し殺して指先から足の先まで神経を張り巡らす。炎と踊り、その場を回り、そのたびに炎が燃え上がり色を変える。音のない場所で、ただ、自分の中に流れる音楽を信じて、舞う。
「っ、」
詰めていた息を吐き出した、ジゼルの手のひらに炎が戻った。
「ギー・アゼマ」
小さくつぶやいた時には、ギー・アゼマは、ジゼルの前に傅いていた。
「あなたに、祝福を。」
張りつめていた糸を切り離したように、コロッセオは歓声と、畏怖に包まれていた。人も獣人も立ち上がり、手を打っている。
ジゼルの手のひらから、炎が飛び去り、ギー・アゼマの周りを廻ってから鳥籠の中に戻った。ギー・アゼマは、ジゼルの手を取り口づけた。
「感謝いたします。王女殿下。」
ジゼルは、そっとその手を離そうとした。その時、その手を奪うものがあった。ジゼルの体ごと、ギー・アゼマから、距離が置かれる。
「……エル」
「祝福は終わった。手を離せ、ギー・アゼマ。」
夫の腕の中にいる。それを自覚して、瞬きをしていると、いつも認識している夫の香りではないものを感じた。
鼻がつぶれそうなほど、甘ったるくて不愉快な香り。それは、夫から香って、そして、違う方向からも香った。
ジゼルは、反射的にその香りの元を探した。
――――――赤いベルベットのリボン
赤いリボンをした愛らしい娘と目が合った。その目は強い意志を持って、ジゼルを見ている。睨みつけるような、敵意をむき出しにされた視線から、ジゼルは目をそらそうとは思わなかった。
ジゼルの右手に重ねられている、夫の手を、ギュッと握りしめる。
握り返されないことは、わかっていたけれど、今、この瞬間だけは、そうして欲しかった。
「占いは、よく当たるものね。」
ジゼルは小さく、そう呟いた。




