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【9】燃えた手紙

「旦那様はジェシカ奥様に、手紙を残していらっしゃいました」

「手紙……!?」

ナタリーの告白を聞いて、私は目を見開いた。手紙って……いきなり、何を言い出すの?


問いかけようとした寸前、数年前の記憶がよみがえった。……あれは結婚式の翌朝、レオン様の屋敷を出立する直前のことだ。



   ***


『貴女に、これを』

氷の美貌を微塵も崩さず、レオン様は私の首にネックレスを飾った。出征前の軍人が所持品を妻に与えるのは、この国の風習だ。

『ありがとうございます、旦那様』

澄んだ青い石が、輝いている。……見たことのない宝石だけれど、何かしら? 疑問に思ったけれど、尋ねられるような間柄でもない。

それに初夜の痛みと寝不足と、夫を見送る緊張感であのときの私は平静ではなかった。

『……あとで、寝室の文机の引き出しを開けてくれ』

『承知いたしました』

『……では、行ってくる』

『ご武運を』

ほとんど言葉を交わす機会のなかった旦那様との、それが最後の会話だった。


あとで引き出しを開けてみたけれど、何も入っていなかった。


   ***


「旦那様が残した手紙は、大奥様が燃やしました」

「っ――!?」


顔を引きつらせた私を見つめ、ナタリーは告白を続けた。


「旦那様とジェシカ奥様のお話を、大奥様は聞いていらしたのです。私はご命令を受けて文机を調べ、封の施された手紙を回収しました。大奥様は、それを……暖炉に投じました」


……なんなの、それは。

あまりに非道な行いに、拳が震えそうになる。


「……ママ?」

私のドレスに身を寄せて、アレクが心配そうに見上げてくる。……この子を不安にさせるわけにはいかない。

「何でもないわ、アレク」

にっこり笑って、ふたたびナタリーに向き直った。


(……それにしても、旦那様が私に手紙を書いていたなんて、意外ね。私のことなんて、何とも思っていなさそうだったのに)


いったい、何を伝えようとしていたのかしら。

思案を巡らせていた私のことを、ナタリーはじっと見つめていた。やがて懐から何かを取り出し、震える手で差し出してきた。


「……ナタリー? それは?」


燃え落ちた紙片。四方が黒く縮れてくしゃくしゃになっており、今にも崩れてしまいそうだ。インクで何かが書かれているが、(すす)けてほとんど読めそうにない。

これは、まさか――。


「旦那様の手紙です」

「っ!? どうしてあなたが、こんなものを!?」

「旦那様の想いが消えてなくなってしまうのが、悲しくてたまらなかったからです。……ほとんど燃えてしまい、これしか、守れませんでした」


ナタリーの声は、まるで血を吐くようだった。わなわなと肩を揺らし、悔しげに、本当に悔しそうにうつむいている。


「大奥様は暖炉に手紙を投じると、部屋から出ていかれました。だから、私は……」

「手紙を、火から取り出したのね」

こくり、とうなずいた。


そういえば、ナタリーの手には火傷の痕がある。

今も白手袋で隠しているが、手首に覗く痕は色濃く、痛々しい……まさか、そのときに負った火傷だったのだろうか?


――どうしてあなたは、そこまでして……。

そう問いかけようとしたけれど、聞いてはいけない気がしてやめた。


「旦那様は、本当に素晴らしい方でした。お強いばかりか、私のような下々の者にも目をかけてくださり。侯爵家にお仕えして旦那様のお役に少しでも立てることが、私の誇りでした。……たとえ大奥様といえど、旦那様の遺された物をないがしろにするなんて……私には、受け入れられませんでした」


ナタリーの瞳は熱を帯びていた。まるで、叶わぬ恋に身を焦がす少女のように。

……それから、罪悪感に満ちた声音で私に謝罪してきた。


「ジェシカ奥様。私はあなたをないがしろにするばかりか、旦那様の手紙を我が物にしていた大罪人でございます。あなた様に大変な恩を受けながら、このような身勝手を……」


旦那様の手紙をお返しいたします。そう言って、ナタリーは大切そうに両手で手紙を差し出し、地に着くほどに頭を垂れた。


ナタリーは、もしかして旦那様をお慕いしていたのだろうか? 使用人としての範囲を越えて、一人の女性として。大火傷をしながら手紙を救い出そうとしたり。執拗に私を虐めてきたり。

(……でも、推測で決めつけるのは良くないわよね)


ナタリーの必死な態度に、私までずきずきと胸が痛んできた。……しかし、情に流されるようでは悪嫁失格だ。私は強く、冷静でなければならない――そう自分に言い聞かせ、毅然とした声で命じた。


「顔を上げなさい、ナタリー」

おずおずと、ナタリーが私を見上げる。

「私を見くびらないで頂戴。ノイエ=レーベン侯爵家の若夫人である私が、この程度の話で心を乱すとでも思いましたか?」

「ジェシカ奥様……」

「私は悪嫁ですので、この程度では動じません」

「……わる、よめ?」

怪訝そうに、ナタリーが反芻した。彼女が守っていた燃え残りの手紙を、私はしっかり受け取った。


「ナタリー。大切なことを教えてくれてありがとう。――確かに受け取ります」



今週もおつかれさまでした(* ᴗ ᴗ)⁾⁾

土日も2,3話投稿できるようにがんばって書き進め中です……!

それと、今日は短編を書きました。

もしよろしければ……♡

『 「お姉様の味方なんて誰もいないのよ」とよく言われますが、どうやらそうでもなさそうです』

⇒ https://book1.adouzi.eu.org/n7685lf/

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