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【8】私のかわいい騎士

「アレクくんが、ぼくを、…………………………たすけてくれたの」

テオ様の言葉に、お茶会の場が静まり返る。


震えながら、テオ様が教えてくれた。

「カラスが……カラスがね。たくさん来て。それでね、ぼくに、ぼくに……うぇぇ」


テオ様たちに連れ添っていたレーベン公爵家の侍女が、蒼白な顔で説明を加える。

「申し訳ございません!! カラスが邸内の木に巣を作っており、突然テオ様のことを……」

カラスがテオ様めがけて襲い掛かり、侍女も皆も大パニックになったそうだ。ただひとり、アレクを除いて。

他の子ども達も、一生懸命教えてくれた。

「アレクくん、カラスを追い払おうとしてくれたんです!」

「そうです! それで、宝石があると危ないってアレクくんが」


アレクは、少し声を上ずらせながら言った。

「カラスは、テオくんの宝石がほしかったんだ。だって、絵本の魔女も宝石がほしかったから。だから……」

だから、テオ様を守るために引きちぎったそうだ。

最終的には駆けつけた騎士がカラスを退けたと侍女は報告した。


「なんということなの……!」

アニエス夫人は真っ青になり、テオ様を抱えたまま深く深く頭を垂れた。

「アレクさん、ジェシカ夫人! この度は、当家の管理不届きにより大変な迷惑をおかけいたしました」


「そんな。どうか頭をお上げください、アニエス夫人……!」

アニエス夫人はとても責任感が強い方のようだ。アレクを危険な目に遭わせたことを心から謝罪してくださった。


「ぼく、だいじょうぶです。テオくん、血がでてるから見てあげてください。宝石とっちゃって、ごめんね……?」


アレクはどこか落ち着いていて、いまだ青ざめている子ども達とは様子が違う。居合わせた夫人達も「やっぱり英雄の子ね……」「なんて立派なのかしら!」と驚きを隠せないようだった――。



騒然とした空気を残しつつ、やがてキンダーフェストは幕を閉じることになった。

帰り際、アニエス夫人が思いがけない言葉を掛けてくださった。


「ジェシカ夫人。あなたの義姉になれてうれしいわ」

――え?

光栄です、と微笑すべきところを、うっかりきょとんとしてしまった。褒められるならアレクだし、私は無難に過ごしただけだけれど……。


「レオンは良い妻を娶りましたね。……もっと生きたかったでしょうに、あんなに早く逝ってしまって」

夕日の射す碧眼が、微かにうるんでいる。彼女の様子は、異母弟を嫌っているようには見えなかった。


「……失礼ながら、アニエス夫人はレオン様と親しくいらしたのですね。お生まれの経緯から、ご関係も難しかったのではと……」


「レオンのことなら、姉として理解しているつもりです。苦労の絶えない生い立ちでしたが、あの子はいつもまっすぐで聡明で、優しくて……。あなたもきっと、あの子から()()()聞いていたでしょう?」

「……ええ」


いいえ、何も聞いていませんが。

とはもちろん言えず、あいまいな相槌を打つしかなかった。


「これまで大変だった分、レオンには心から信頼できる家庭を作って幸せになってほしいと願っていました。なのに、あんなに無残な死を遂げるなんて――」

アニエス夫人は、こらえきれない様子で目をハンカチで拭っていた。


(……意外だわ。不仲な姉弟じゃなかったの?)

私より、アニエス夫人のほうがよほどレオン様に詳しそうだ。温もりのある笑みを浮かべて、アニエス夫人は私を見つめた。


「ジェシカ夫人。今後ともよろしくお願いします。アレクさんともども、またいらしてくださいね」

「……はい! ぜひお邪魔いたします」

嬉しかった。孤立無援の屋敷暮らしから、まさか公爵夫人とご縁をいただけるなんて。


「さあ、アレク。そろそろ帰りましょう」

「はーい」

踊り出したい気分で、アレクの手を引きながら馬車に向かおうとすると――。



「……ジェシカ奥様」


とても懐かしい声に、呼び止められた。

思わず振り返り、驚きの声が漏れる。


「ナタリー!?」

侍女のナタリーだ――養子縁組のあの日、私に冷水を浴びせてきた、あの。

ナタリーは思い詰めた顔をして、テイラー伯爵夫人のすぐそばに控えていた。


「ジェシカ夫人。ナタリーの紹介状、あなたが書いてくださったのでしょう? 懇切丁寧で、ぜひ雇いたいと思いました。今日あなたも来ると知り、ナタリーが『どうしても』というので連れてきました。……積もる話もあるでしょうから、私は先に失礼しますね」


テイラー夫人は、上品な笑みを浮かべて先に馬車に入ってくれた。


ナタリーが深く頭を垂れる。

「ジェシカ奥様。……あの節は、大変申し訳ございませんでした……。奥様のおかげで……こうして、無事に働けております」


「……あなたが元気そうでよかったわ」

返答に詰まり、そう答えた。

完全に打算で送った紹介状だけれど、こうして誰かの未来につながっているなら悪くない気分だ。……いいえ、正直を言うとかなり嬉しい。


「わざわざありがとう、ナタリー。それじゃあ、元気でね」

「お待ちください、ジェシカ奥様。……実は、お伝えしなければならないことがございます」


覚悟のこもった瞳で、ナタリーは私を見上げた。


「…………旦那様のことです」



いつもお読みくださりありがとうございます!

本日10/17は3話投稿します。

*₊_ ( 」`・ω・ )」▁▂▃▅▆▇█▓▒パウァ

次話は21時ごろの予定です。

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― 新着の感想 ―
小さな騎士さま爆誕!
アレク君、カラスの事警戒してたもんね。
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