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【7】本家のお茶会②

そして当日。

私はアレクとともに、馬車でレーベン公爵家に赴いた。門をくぐると優美な庭園が視界一杯に広がり、大理石造りの邸宅は白亜の宮殿のようだ。


「ようこそお越しくださいました。ジェシカ夫人、アレクさん」

出迎えてくれたアニエス夫人は、レオン様に似た銀髪碧眼の美貌の人で、女性にしては背が高い。レーベン公爵家の血を引くのは彼女であり、現公爵は婿入りした人物だ。


アニエス夫人の理知的な眼差しには、こちらを値踏みするような陰険さはない。しかし澄んだ瞳はこちらを映す鏡のようで、油断を許さない緊張感がある。


「本日はお招きいただきありがとうございます。アニエス夫人」

カーテシーをする私の隣で、アレクもお行儀よく礼をした。


このアニエス夫人は、レオン様の異母姉にあたる。正妻の子である彼女に対し、レオン様は第二夫人の子だ。

(バーバラお義母様って、先代レーベン公爵の第二夫人だったのよね……)

うっかりそちらに意識が向きそうになったが、今は目の前のレーベン公爵家のことに集中しなければ。


レーベン公爵家とノイエ=レーベン侯爵家の関係は、少々込み入っている。


かつてレーベン公爵家では、第一子アニエス様と第二子レオン様のどちらが継ぐかで家中が割れた。最終的に勝利したのはアニエス様で、レオン様は騒乱の責任を取って公爵家から除籍されてしまったのだ。


……しかしその後、身一つで騎士として出世したのがレオン様という人だった。


武勲を重ね、王命を救うという大功を立てて騎士団長に任ぜられた。一介の騎士のままでは体裁が合わず、陞爵に次ぐ陞爵の末に侯爵位を賜って新たな家を興すに至った。


つまり由緒正しき公爵家を追われた子が、異例の大出世で築いたのがノイエ(あらたなる)=レーベン侯爵家。家格としては新参ながら、王家の信頼は厚い。だからこそ「軽んじられないが微妙に扱いが難しい」のが当家の立場だ。


(アニエス夫人からみれば、私は『因縁の弟』の妻。……どう考えても、好意的に受け入れてもらえる立場じゃないわ。無難に振る舞って乗り切るしかない)


お茶の席は庭園に設けられていた。

招かれているのはテイラー伯爵家、グムンド伯爵家、ベネア伯爵家、そして私。円いガーデンテーブルに母子が並んで座っている。簡単な自己紹介の後、パーティが始まった。


今日の主役は、アニエス夫人のご子息テオ様。上品な仕立ての礼装を纏い、小さな首元に宝石のブローチが輝いている。愛らしい顔立ちは、アニエス夫人に瓜二つだ。


お菓子を食べていた子ども達は、しばらくすると遊びたがった。

「どうぞ、あちらで遊んでいらっしゃい」


アニエス夫人が許可すると、子どもたちは顔を輝かせた。

「ありがとうございます。アニエス夫人!」

お行儀よく頭を下げると、子どもたちはテオ様の手を取って歩き出した。

3歳のテオ様が最年少、次に幼いのはアレク。他の3人は6歳前後で、テオ様をエスコートする姿も堂に入っている。

アレクは少しきょとんとして子どもたちを見ていたが、すぐに立ち上がり、ぺこりと頭を下げてテオ様達に続いた。


(アレク、大丈夫かしら。今まで他の子どもと遊ばせてあげる機会もなかったから……)


密かに心配していると、アレクがちらりとこちらを振り返ってウィンクしてきた。――ママ、だいじょうぶだよ。という心の声が聞こえた気がする。


公爵家の侍女が子ども達についていくのを確認して、私は夫人同士の会話に意識を向けた。


「それにしてもアレクさんは、レオンの面影を濃く残していますね」

アニエス夫人が上品にカップに口を付け、微笑した。

「テオにとっては従兄ですから、今後もお付き合い願いたいものです」

「光栄です」

緊張を顔に出さず、笑みを浮かべる。


横合いから、テイラー伯爵夫人が話しかけてきた。

「そういえば、ノイエ=レーベン家ではキンダーフェストをなさらなかったのですか? アレクお坊ちゃまにお会いするのは初めてですわ」

指摘されても無理はない。

キンダーフェストをしないなんて、貴族としては異例のことだ。


「ええ。当時は私の体調が優れず……」

本当は義母のせいなのだが、家の揉め事を他家に知られるのは悪手だ。


「まあ。それはおつらかったでしょう。今は大丈夫ですか?」

「ご心配いただき、ありがとうございます。すっかり元気になりましたので」


すると、少し陰湿そうな声が重なった。グムンド伯爵家とベネア伯爵家の夫人たちだ。

「あら。でしたらもっと社交の場にお出になればよろしいのに」

「そうですわよ。わたくし、ジェシカ夫人とお話しするのは初めてですわ」


おほほほほ……笑って流すことにした。下手なことを言って墓穴を掘るのは御免だ。


「どうしてお出にならないの?」

「……少々、社交が苦手でして」

「そんなの、いけませんわ。家の女主人として、社交は大切にしませんと」

「お姑様に任せきりという噂も耳にしましてよ?」

「まあ! すばらしいお姑様がいらしてうらやましいですわ!」


アニエス夫人は、静かな視線を私に注いでいる。


(グムンド家とベネア家の奥様、ゴシップ好きなのかしら。それともお義母様が裏で手を回して、私に嫌がらせをしているとか? ……まあ、別にどちらでもかまわないけれど)


面倒な話題は、さっさと切り替えるに限る。だから私は、クスクスと肩を揺らして笑ってみせた。

「うふふ、おかしい」

「なにがですの?」

「だって今日はせっかくのキンダーフェストですのに。私のことよりも、もっと相応しい話題があるのでは、と」

「……っ」

至極もっともな指摘。ご夫人がたは反論できない。


「お祝いの席に相応しく、子ども達のことをお話しませんか?」

「それもそうですわね。せっかくの日ですもの」

テイラー夫人が、賛同してくれた。

「そういえばうちの子、先日初めて一人で馬に乗れましたの」

「まあ、すばらしいですね! 皆様は――」

私の提案に、夫人たちも自然と子どもの話をし始めた。みんな我が子がかわいいから、こういう話題は花が咲きやすいようだ。


(……案外スムーズに乗り切れそうね。お義母様の手練手管に馴れているおかげかしら、この調子なら粗相することもなさそう)


――しかし、そのとき。

「おかあさまぁ……!」

涙混じりの声が響いた。


駆け込んできたのはテオ様だった。

「まあ、テオ!! 何があったの!?」

アニエス夫人にすがりついたテオ様の衣服はすっかり泥まみれで、胸元のブローチは無残に引きちぎられていた。

「アレクくんが……アレクくんが……ぅ、うう……」


――アレクが?


「……ママ」

後ろから、アレクも姿を現した。テオ様と同じくらい、服が汚れてしまっている。片手には木の棒を持ち、もう片方の手には……宝石のブローチを握りしめていた。

テオ様のブローチだ。


「アレク!」

血の気が引くのを感じながら、私は椅子から立ち上がってアレクに駆け寄った。ぎゅっと抱きしめ、波立つ心を必死に鎮める。

アレクの母親としても、侯爵家の夫人としても決して心を揺るがせてはいけない。

そしてどんなことがあっても、私はアレクの母親だ。


覚悟を決めていたそのとき、泣きじゃくっていたテオ様が声をしぼり出した。






「アレクくんが、ぼくを、…………………………たすけてくれたの」



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