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【6】本家のお茶会

絵本のページをめくるごと、一喜一憂するアレクがかわいい。


「……こうして悪い魔女は倒され、お姫様は王子様と一緒に幸せに暮らしましたとさ」


ハッピーエンドで結ばれた物語。しばらく余韻に浸っていたアレクが、思い出したようにページを巻き戻し始める。


「ぼく、この魔女きらい」

カラスに変身してお姫様を襲った、魔女のことがお気に召さないようだ。

「だって、おひめさまのドレスの宝石取っちゃうんだもん。すごくいじわるだよ」

「そうね。……そういえば本物のカラスも、キラキラ光る物に興味を持つんですって」

「そうなの? なんで?」

「カラスは頭がいいから、自分の宝物にしたいと考えているのかもしれないわね」

と、絵本のついでに現実の知識も織り込んで教えるのが、私の教育スタイルだ。実家の両親も、そうやって育ててくれた。


「この魔女、おばあさまみたいなお顔してる」

(……ぷっ)

うっかり噴きそうになった。

たしかに、性格の悪さが滲み出る年齢不相応な美貌が義母そっくりだ。大いに賛同したいところだけれど、アレクには心のきれいな子でいてほしい。

「……あら、アレクったら。そんなことを言ったらダメよ?」

「おひめさまは、ママに似てるよ」

「ふふ、ありがとう」

私がお姫様だとしたら、奪われそうなキラキラの宝石はアレクに違いない。


(まあ、私を助けてくれる王子様はいないけれどね)

それならそれで構わない。

お姫様は他人に縋らず、自分で宝物を守れば良いのよ。王子様なんていらない。


私は膝の上の宝物を後ろからそっと抱きしめ、その銀髪に頬をうずめた。

「アレク。ママはいつまでも、アレクの味方よ」

「ママ」

アレクはくるりと振り返ると、体の向きを変えて私の胸にぎゅっと飛び込んできた。

……こんな幸せ、絶対誰にも渡さない。

アレクと抱きしめ合っていたそのとき、ノックの音が響いた。


「ジェシカ奥様。バーバラ大奥様がお呼びです」

……お義母様が?

「分かったわ。アレクはお部屋に戻っていてね」

侍女にアレクを任せると、私は義母の執務室に向かった。


(どうせまた、ろくでもない要求をしてくるんでしょうね)

義母の嫌がらせには慣れっこだ。

いつものように屁理屈をこねて、使用人紛いの雑用を押し付けようとするのだろう。義母は私を決して社交の場に出そうとせず、屋敷の中に押し込めて発言力を奪うことにご執心だ。



「失礼します。お義母様」

執務室には、義母と家令のシュバルツと私。ところが義母が発した命令は、まったくの予想外だった。


「お茶会に……私が?」

「ええ。当家を代表して、ジェシカさんに行ってもらうわ」

(……どういう風の吹き回し?)

社交に向かわせるなんて、今まで一度もなかったくせに。


「今回のご招待は、()()レーベン公爵家からよ」

にんまりと唇を吊り上げて、()()をやたらと強調してきた。


(……レーベン公爵家ですって!?)

うっかり顔が引き攣りそうになった。


レーベン公爵家は、このノイエ(あらたなる)=レーベン侯爵家の本家に当たる家柄だ。

王家に次ぐ四大公爵家のひとつ。名門中の名門。

……そして、当家とはちょっと微妙な関係性の家。


そんなお茶会に、私が!?


「レーベン公爵家のお坊ちゃまがキンダーフェストをなさるそうよ。アレクが招待されているから、保護者としてあなたが付き添いなさい」


キンダーフェスト。

3歳児の成長を祝うイベントだ。近しい年齢の子どもを呼ぶ比較的アットホームなパーティで、ふさわしい家柄の子女に声がかかる。


(アレクはキンダーフェストができなかったのよね……お義母様があれこれ理由を付けたから。実のところは、私が他家と交流を持たないようにするためだったんでしょうけれど)


――そういえば。と、私は死に戻る前のことを思い出した。


(回帰前の人生では、レーベン公爵家のキンダーフェストにはお義母様が同伴したのよね。帰宅したお義母様、すごく機嫌が悪かった)


あの人生では私は親権を奪われていたので、義母が出席せざるを得なかった。不快な思いをしたらしく、ひどく八つ当たりされたのを覚えている。


(……でも今回は、私に押し付けようという魂胆なのね)


「分かっているでしょうけれど、あなたが不作法をすれば、我がノイエ=レーベン侯爵家の家名に傷がつくのよ? ……もっとも、その場合にはあなたが()()()()という証明にもなるわねぇ」

鮮やかなルージュを引いた義母の唇が、にんまりと吊り上がる。……本当に感じの悪い唇ね。


本家のお茶会という面倒ごとを押し付け、もし失態があればアレクを奪う口実にもなる……義母には一石二鳥だろう。


「かしこまりました、お義母様」

受けて立つわ。リスクは大きいけれど、屋敷の外に出られる貴重なチャンスだもの。


「アレクのことも、きちんと躾けておきなさい。あなたのせいで、無教養な子になってしまったんだもの。わたくしが育てたレオンさんとは大違いで、悲しいわ」


……はいはい、またレオンさんですね。

稀代の英雄レオン・ノイエ=レーベンは、義母のおかげで私の中では稀代のマザコンになってしまった。


執務室を出て、アレクにキンダーフェストのことを伝えに行った。

「パーティ? いく! おともだちできる?」

「……3歳のテオ様というお坊ちゃまと、他にも何人かいらっしゃるみたい。仲良くなれると良いわね」

初めてのことに、私はさすがに緊張を隠せなかった。


するとアレクは、

「ママ、だいじょうぶ。こわくないよ。ぼくがいるよ」

ぎゅうっ……と抱きしめてくれた。


「……そのとおりね。ありがとう、アレク」

小さな騎士がいてくれるなら、心強い。


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