【4】意味深に笑ってみた
「あなたには仕事を任せていたはずだけれど? それを投げ出して、いったい何のつもりなの?」
威圧してくる義母を、私は一歩も引かずに睨み返した。
「……お義母様はあの雑用が、若夫人たる私の仕事だとおっしゃるのですね」
義母に反論したのは、これが初めてだ。
「床磨きに洗濯、皿洗い、挙句の果てには使用人部屋の火の番や食べ残しの廃棄処分まで。どれもこれも、私がするべき仕事ではありませんでした」
「あなたが無能で役立たずだから、その程度の雑用しか任せられなかったのですよ。こんな不出来な嫁を選んでしまうなんて、聡明なレオンさんの唯一の過ちだったわね」
――また『わたくしのレオンさん』?
嫌悪感が込み上げて、ろくに知らない死者のことさえ憎らしく思えてきた。
すると、そのとき。
「ぅ。ぅぇえ……ん」
眠っていたアレクが、むずかって泣き出しそうになった。私たちの言い合いで、目を覚ましてしまったようだ。
ずぶ濡れだった私はとっさに手近な布で髪と手を拭い、アレクを掛布でしっかりとくるんでから抱き上げた。……ちっちゃくて、軽い。やわらかい。
アレクはぴたりと泣き止んだ。
「ちょっと、あなた!! 汚らしい手でその子に触れないで――」
「ぁう。きゃっ」
ヒステリックな義母の声を遮るように、アレクは嬉しそうに笑った。甘えるように、機嫌良さそうな声を出している。
私の目から、涙があふれた。
「アレク! ママが分かるのね……?」
「あぅー」
瞬間、義母は心底不愉快そうに顔を歪めた。
「まあ、本当にあなたは無知なのね! 赤ん坊なんて、甘やかされれば誰にでも笑いますよ。母親気取りで良い気にならないで頂戴!」
……なんてことを言うんだろう。
この世のすべての母親を侮蔑するつもりなのだろうか。
「その子のためを思うなら、わたくしに親権をお譲りなさい」
「お断りします。お義母様こそ、母親が務まるようには思えません」
「なにを言うの!? わたくしには、レオンさんを育てた実績があるのですよ? 命と引き換えにこの国を守った、あの英雄を!」
義母は誇らしげに胸を反らせた。……最愛の息子を亡くしておきながら、なぜそんな態度が取れるの? ますますアレクを託すわけにはいかない。
「わたくしと違って、ジェシカさんには何の実績もないでしょう?」
「当たり前です。どんな母親だって、最初はみんな初めてですもの」
「ならば弁えなさい。侯爵家の大切な嫡男を育てる責務は、レオンさんを育て上げたわたくしにこそ相応しいのです!」
レオンさんレオンさんレオンさん。ああ、本当に煩わしい。
「お義母様は、アレクをレオン様の生き写しとして求めているのでしょう? アレクをアレクとして、一人の人間として見てくださらない。そんな『母親』に育てられたら、アレクは幸せにはなれません」
「あなた、子どもを愛玩動物と履き違えているのではなくて? 愛するのと甘やかすのは違うのよ? 相応の教育を施さなければ、侯爵家当主たる人材にはなれません。……まあ、家格の低いあなたには分からないでしょうけれど?」
……事ある毎に、義母は私の実家を蔑む。家格は低くても、質素堅実で領民想いの家なのに。私はそんな実家を、とても誇らしく思っているのに。
「ハッキリ言うけれど、人望のないジェシカさんは次期当主を育てる器ではないわ」
「人望?」
「ええ、使用人たちに侮られているのがその証拠よ。彼らの心すら掴めないあなたが母親ゴッコをしても、悪影響にしかならないわ」
使用人の冷遇は義母のせいなのに。それを棚に上げ、義母は陰湿に笑っている。
「……ふふ」
だから私も、悪魔のように笑い返してみた。
予想外だったらしく、義母は一瞬ひるんでいた。
「へぇ。そうですか。お義母様はご自分に人望があるとお考えなのですね?」
私は、大げさに肩を揺らして笑ってみせた。
「ああ、おかしい」
「っ! あなた、いい加減に――!」
「ところでお義母様?」
怒声を挙げる義母を遮り、私は仄暗い声で尋ねた。
「お義母様はなぜ私が養子縁組の日を知っていたか、お考えになったことはありますか?」
ぴくり。と、義母が停止する。
「聡明なお義母様ですから、もちろんご理解なさっていますよね……?」
私は意味深な笑みを浮かべた。
三日月のように唇を吊り上げ、見透かす瞳で義母を見据える。
「主従の信頼関係など、まるでリバーシのように一瞬で裏返ってしまう。……儚いものですね、お義母様?」
「――っ!」
つまり、私は臭わせたのだ。
使用人の中に、養子縁組の情報を漏らした者がいるのだ――と。
(もちろん、こんなのはただのハッタリだけれどね)
本当は、私に味方など一人もいない。
でも、私自身が味方だ。未来の私が命と引き換えに手に入れてきた情報なのだから。
そしてこの作戦は、どうやら効果てきめんだったらしい。
義母は顔面を引き攣らせたまま、その場で凍り付いていた。絶対権力者を気取る彼女にとって、裏切り者の可能性など許せなかったのだろう。
私はゆったりとした口調で義母に要求した。
「お義母様。私の立場を、若夫人として正当なものに戻してくださいな」
「……何ですって?」
「さもないと、誰がどんな噂を外に漏らすか分かったものではありませんよ?」
「……っ」
ぐっと歯を食いしばる義母の姿は滑稽だった。
「……検討するわ」
吐き捨てるようにそう言うと、義母は執務室から出ていくように命じた。
アレクのことは抱いたままだが、「置いていけ」とは言われなかった。
(……なんとか、上手く行ったわね)
従順だった善き嫁ジェシカは、前の人生で死んだのよ。
今日から私は、国一番の悪嫁になる。優しい気持ちも正しさも、すべてアレクにだけ注ぐ。
「きゃ。きゃ!」
腕の中のアレクが、無邪気な声をあげていた。
※4~5万文字くらいの中編、ハッピーエンド確約でお届けします!
※完結まで毎日1〜3話投稿(推敲まだだけど間に合わせる…!)。
ブクマなどしていただけると、パワー出てすごく頑張れます!!
*₊_ ( 」`・ω・ )」▁▂▃▅▆▇█▓▒パウァ





