アニエス日記
最後に重大発表が……
ある日、ジェシカ夫人から『こっそり訪ねたい』という文が届いた。これまで何度かお茶会の招待状を出したけれど、すべて断りの返事ばかりだったのに。……いったい、どうしたのかしら。
訪問の日を決め、当日。応接室に通されたジェシカ夫人が切り出してきたのは、驚くべき内容だった。
「ノイエ=レーベン家が……脱税を?」
思わず、声が裏返ってしまう。
バーバラ夫人がレース織りの生産量を少なく申告して、税を逃れていたという。そんな家を揺るがすほどの情報を、なぜ私に……!?
「非常識だとは承知しております。ですが、他にお願いできる方がいないのです。どうか、お力添えいただけませんか」
ジェシカ夫人の瞳はとてもまっすぐで、そこに打算の色は見えない。
彼女は語った――ノイエ=レーベン侯爵家の実権を、バーバラ夫人から奪う計画を立てているのだと。
脱税分と延滞税のすべてをジェシカ夫人名義のお金で支払い、清算を済ませたうえでバーバラを断罪したいのだと。
数年分ともなれば莫大な金額だが、すでに工面の目処は立っているらしい。
「なぜそこまで……?」
「アレクのためです」
ジェシカ夫人の声に、迷いはない。
「義母は、アレクが少年当主となった暁には自ら後見人になるつもりです。しかし、私利私欲にまみれた彼女のやり方では誰も幸せになれません。未熟な私ではありますが、実家の領地経営を補佐していた経験もございます。必ずや、ノイエ=レーベン侯爵家を正しい形へ導いてみせます」
さらに、彼女は続けた。
「決戦の場は、アレクの爵位継承式にしたいと考えています。王宮で行われるその場で、義母の不正を暴こうと。――アニエス様、どうか国王陛下にご説明いただけませんか?」
確かに我がレーベン公爵家は、王家ともつながりの深い家だ。現国王は、私の叔父である。
「国王陛下にご承諾を得たうえで当日に臨みたいのです。どうか、お力添えを……」
あまりに大胆な計画に、私は言葉を失っていた。そして――
「おもしろいわ! ぜひ協力させてくださいな」
私は、大きな笑みを浮かべてうなずいた。
「アニエス様……!」
「ジェシカさん。あなたのやり方には一切の不正がありません。本当に爵位継承式であのバーバラ夫人の鼻を明かせたら……さぞや爽快でしょうね」
そう――。
今となっては思い出さないようにしているけれど、幼い頃からバーバラ夫人が大嫌いだった。父の第二夫人――それも成りすましという不正の妻であった彼女は、レオンを盾にやりたい放題だったのだ。私と母がどれほど涙を流したか、数えるのも嫌になるほどに。
「ふふ。あの女が転落する姿を見たら、本当に楽しそう」
あら、いけない。うっかり口が滑ってしまったわ。私はジェシカさんの様子をちらりと窺った。すると彼女も、同じように口の端を上げてにんまりとしている。
「アニエス様。一緒にバーバラの不正を正しましょう」
「ええ。楽しみだわ」
私たちはしっかりと握手を交わした。
それから、ふと不安げにジェシカさんが眉を寄せる。
「しかし、国王陛下はご納得くださるでしょうか。厳粛なる式典の場で、このようなこと……」
「あら。案外うまくいくと思うわ」
国王陛下――私の叔父にあたるあの方は、根っからのお芝居好きだ。
「叔父様は本当にお芝居が大好きなのよね。学生時代には自ら劇団を作り、座長まで務めていたんですって。そんな叔父様が『継承式での断罪劇』を生で見られると知れば、きっと大喜びするでしょうね」
*
そして式典当日。
私の予想は、見事に的中した。
叔父様ったら、厳粛な爵位継承の場だというのに目を輝かせていらして。アレクさんが後見人としてジェシカさんを指名したときなんて、まるで自分まで役者になったみたいな態度だった。
「……ほう? 祖母であるバーバラ夫人を指名するものと思ったが、そうではないのか?」
「はい、ちがいます。国王陛下よりたまわった領地を、このように汚らわしい者にゆだねることはできません」
ハプニングにざわめく会場と蒼白なバーバラ夫人を見て、叔父様は明らかに楽しんでいた。
――叔父様ったら、お芝居がお上手なこと。
私も、扇で隠した口元に小さく笑みを浮かべていた。
アレクさんとジェシカさんの堂々たる姿も、もちろん目に焼き付けている。
(……レオン。あなたの家族はとても立派にやっていますよ)
天国の弟も、きっと喜んでいるはずだ。
これより第2章の作成に入ります。(えっ、重大発表って書籍化とかじゃないの!?→違うよゴメンね( இωஇ ) がんばります…)
カシウス日記とレオン日記を書こうとしていたのですが、だったら本編を進めたほうが良いな。と思いました。
できるだけ早く見ていただけるよう、本当にがんばります(年内目標)!
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