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【20】二度目のジェシカは間違えない

義母は今や、死人のような顔色になっていた。

玉座から一部始終を眺めていた国王が、歌劇を見終わったあとのようなお顔で「終幕か?」と呟いた。完全に余談だが、我が国の国王陛下は歌劇好きで有名だ。


「まったく、呆れてものも言えぬ。稀代の英雄レオン・ノイエ=レーベンの功績に免じて、侯爵家そのものの存続は認めよう。しかし、悪質な滞納については看過できん。ノイエ=レーベン侯爵家には法の取り決めに従い、今後五年間に渡り宮廷監査官を派遣することとする」


そして義母を見やって、こう付け加える。

「バーバラ夫人が後見人として不適格なのは言うまでもない。私的財産はすべて没収、今後社交の場への参加を一切禁じる。己が過ちを存分に悔いよ」

「……っ」

義母はがくりと膝を突き、蚊の鳴くような声で「か、かしこまりました……」と呟いた。


「ジェシカ夫人よ、そなたをアレク卿の後見人に任ずる。正しき心で、幼き侯爵を導くように。しかし、そなたも不適格とあらば今後は取り潰しの可能性もある。肝に銘じておくように」

「かしこまりました、陛下」


これで決着だ。

私はぎゅっと抱きしめ合いたいのを我慢して、隣にそっと視線を移した。アレクとしっかり目が合った。どうやら、私と同じ気持ちだったらしい。


――やったね! ママ!!

きらきら輝く青い瞳から、そんな声が聞こえてきた。


   ***


義母の今後の暮らし方についてはノイエ=レーベン家内で取り決め、王家に報告する運びとなった。


――今は、王都から所領に戻る帰り道。

馬車の窓から覗く空は、温かな茜色だ。柔らかい夕日が窓から差し込んで、アレクの銀髪をほんのり朱色に染めている。石畳に揺れる車輪の響きが、なんだかとても心地よい。カタカタ、コトンと揺れる音は、未来への階段を上る足音のようだった。


「アレク、本当にありがとう。あなたのおかげで、すべて上手くいったわ」

撫でられて嬉しそうにしていたアレクは、ふと切なげに目を細めた。

「……もう、だいじょうぶだよね? もう、おばあさまの子どもにならないよね?」

「ええ。絶対にならないわ」

「……うん。そうだよね」

なのに、アレクの表情は晴れない。


何か言いたげで、不安そうに揺れている。

「どうしたの?」

「……」

アレクはなかなか切り出さなかった。言うべきか、言わざるべきか悩んでいる。

私は、そっとアレクの言葉を待った。


「……ママ。悲しくならない?」

「大丈夫よ」

「じゃあ、言うね。……ぼく、たまに『へんな夢』をみるんだ」


アレクは、ぽろりと涙をこぼした。


「その夢にはね、…………ママがいないんだよ。それでね、おばあさまを……『おかあさま』って呼ばなきゃいけないの」

「!」


ぽつり、ぽつりとアレクは夢での生活を語り続けた。

誰からも愛されることもない、ひとりぼっちの寂しい日々……。その『夢』の中では、アレクが泣いたり駄々をこねたりすると義母は冷たく突き放したという。


――こんなの、ありえないわ。

そう思いつつ、アレクの語ったのはまさに、私が死に戻る前の世界そのものだった。


「それでね。夢のおばあさまは、いつも言うの。『レオンさんのほうがよかったのに』って。ぼくは、おとうさまよりダメな子だから、はずかしいんだって……」


「アレク――」

「夢には、ママはいないんだ。……でも、本当はちがってた。メイドになって、はたらかされてた」


その『夢』で私が密かにアレクを見守っていたことを、アレクは気づいていたそうだ。でも実の母親とは知らず、私が捕縛されたのを見ても何とも思わなかったと言った。


「ぼくが5歳になったとき、メイドがこっそり教えてくれたんだ。……『逮捕されたジェシカ様が、本当のお母様だったんです』って。……ぼく、頭がまっしろになっちゃった。なみだが止まらなくて、神さまにおねがいしたんだ。『ぼくのおかあさまを、たすけてください』って」


アレクの顔は、涙に濡れていた。

私も同じだ。ぽろぽろと、とめどなく溢れて止まらない。

私はアレクをきつく抱きしめ、喘ぎながら謝り続けた。


「ごめんね。ごめんね……アレク。一人ぼっちにしてしまって、本当にごめんなさい。それに……ありがとう」


一度目の人生で、私は大きな間違いを犯した。死に戻れたのは、アレクが祈ってくれたから?

神でも悪魔でもなく、アレクがやり直させてくれたの?

……アレクには、そんな力があったの? 

魔法を使える人間なんて会ったことはないし、そもそも時間を戻す魔法があるのか私は知らない。

太古には神や悪魔並みの魔法を発動する魔導具がたくさんあったと聞くけれど……。それもおとぎ話にすぎないはずだ。


(あの死に戻りが何だったのか……そんなの、きっと誰にも分からないわ)

でも私は今、最愛の息子を抱きしめている。それだけは揺るぎない真実だ。


「大丈夫、怖い未来はもう消えたわ。二度と私は間違えないから」


絶対、あなたを離さない。

あなたを世界一幸せな子どもにする。そして優しい青年に育ったあなたが、愛する女性と未来を紡ぐその日まで――。


「ママが絶対にアレクを守るわ」

「ぼくも。ママを守るよ」


泣きながら笑って、私達は抱きしめ合っていた。


あと2話続きます。

最後までお付き合いいただきますよう…!!

どうかお願いしますっ(*,,ÒㅅÓ,,)キリッ

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