【16】断罪準備は着々と
ジェシカを自由に泳がせ始めてから、もうすぐ2か月――。
「バーバラ大奥様。昨日のジェシカ奥様のご報告です。平民の出で立ちで乗合馬車に乗み、王都へ向かわれました」
執務室でモニカの報告を聞いて、バーバラは苛立ちを募らせていった。今回の情報も、やはり決定打に欠けている。
「市場で男性とすれ違いざまに言葉を交わしたように見えましたが、すぐに別れてお一人でカフェに行ってしまいまして」
「……男の顔は見たの?」
「いえ、すみません。人混みだったので……」
「もうっ! なんて無能なの、お前は!!」
「申し訳ありません!!」
……こんな情報ばっかりだ。
「それで? 今日もジェシカは出かけているわけね」
「はい。私や他の者も気づかないうちに、忽然と……」
「きぃい!」
なんてずる賢い女だ。何人もの使用人に探らせているのに、証拠がまったく掴めない。
ジェシカの部屋を探せば恋文や贈り物くらいあるだろうと思ったが、それもなかった。バーバラ自身もジェシカ不在中に荷物を漁ったが、何一つ見つからない。証拠をたくさん集めてから、法廷に引きずり出してやる計画だったのに……。
「もうすぐ、アレクの爵位継承式だというのに!」
バーバラが当主代行の地位を失うまで、あと1か月と少し。
その前にジェシカを断罪する予定だったが、証拠がなければ法で裁くことはできない。では、どうするべきか?
仄暗い顔をして、バーバラは考えを巡らした。
彼女は本来、人を貶めるのが得意だ。――だから、思いのほか簡単に閃いた。
(……あら? わたくしったら、どうして見落としていたのかしら。不貞の尻尾が掴めないなら、別の不祥事を作って母親失格にしてやれば良いだけじゃない)
今まで浮気に気を取られ過ぎていたが、ジェシカを後見人不適格だと責めるだけなら他の理由でも構わない。――たとえば、『母親が放蕩していたせいで、子どもが危険にさらされる』とか。
それなら、今すぐ方向転換だ。
「……まったくもう! 母親が遊び歩いているだなんて、アレクはなんてかわいそうなのかしら。わたくしが励ましてあげなくちゃ!」
「へ? アレクお坊ちゃまを……ですか?」
モニカは目を丸くした。
「ええ。今から気分転換にお出かけするわ。アレクに支度させなさい」
「いえ……でも、それは……アレクお坊ちゃまも驚かれるのでは……。お出かけは後日になさっては?」
「何をごたごた言っているの! 早くなさい!!」
なぜかモニカはやたらと渋っていたが、バーバラの命令を拒むことなどできるはずもなく。最終的には「……承知いたしました」と、しおしおと退室していった。
「さて、わたくしも準備をしなくちゃね。――シュバルツ」
控えていた家令を呼び寄せ、声を落として命令する。
「騎士団長に伝えなさい。人相の悪い騎士を二、三人選んで、ならず者に見えるよう変装させるのよ。湖畔で『襲撃』を演じるの。アレクを奪って走らせなさい。護衛はわざと遅らせて。首尾よくやってね」
家令は顔をこわばらせた。
「……バーバラ奥様。本当に……そんなことをなさるのですか?」
「もちろんよ。遊び歩いている間に我が子が誘拐されるなんて、これ以上の汚点があると思って?」
家令は躊躇していたが、やがて「……畏まりました」と言って退室していった。
三十分ほど経ってから、小さなノックの音が響いた。
「……おばあさま。しつれいします」
現れたのは、外出着に着替えたアレクだ。
ちょこんと頭を下げる姿は幼い頃のレオンと瓜二つ。……しかし、
(嫌な目つきね、かわいくないわ。あの女の血が混ざっている分、劣化版ね)
不快感を顔には出さず、バーバラは大きな笑顔を作った。
「アレク。今から、おばあ様とピクニックに行きましょう」
「……ピクニック?」
「ええ。たまにはいいでしょう? あなたのお母様は全然あなたのことを考えていないようだから、おばあ様が代わりに遊んであげましょうね」
アレクは少しムッとしていたが、やがてこくりと頷いていた。
「……はい。ありがとうございます」
*
ピクニック先は領内の湖畔だ。レオンとはこんな野暮ったい場所に来たことはないが、幼稚なアレクにはお似合いだと思った。
護衛には、少し離れた場所に待機させている。
「さあ、お弁当を食べましょうね、アレク」
「……はい」
なによ、嫌そうな声――バーバラは舌打ちしたい気分だった。レオンも寡黙な子ではあったが、決して反抗的ではなかった。
「アレクはもうすぐお誕生日ね。5歳になると、今より偉い立場になるのよ? 責任も大きくなるの。でも大丈夫、おばあ様がずっとあなたを導いてあげますからね?」
「…………」
アレクは何も答えない。
小さな拳を握りしめ、死んだ魚のような目をしている。
(――すっかりジェシカに毒されているわね、この子)
まったく、母親というのは呪いだ。
あんなどうしようもない女でも、生みの親と言うだけで子どもは縛られてしまう。
(でもまあ、こんな子でも利用価値があるのは事実だわ)
バーバラは、茂みに向かってさりげなく手をかざした。
茂みを揺らして現れたのは、泥まみれの革鎧にボロボロの外套を纏った3人の男。粗野な笑みを浮かべる彼らは、どこをどう見ても傭兵崩れだった。
「まぁ! なんなの!? あなた達は!」
バーバラは叫んでアレクを抱きしめる。
次の瞬間、男達は無言でアレクをひったくり、小さな体を担ぎ上げた。
「うわぁ!?」
「きゃああ――、アレク!」
男達は、あっという間にアレクを担いで駆け去っていった。
「アレク――!」
悲痛な叫びをあげながら、バーバラの目は楽しげに細められていた。
バーバラが調子に乗って、すみません……(T_T)
もうすぐ必ずスカッとしますので、
どうか今回ばかりは愚婆をお許しいただければ……(´;ω;`)!
次話は本日10/20、21時頃投稿(ジェシカ&アレクside)です♪





