【13】義母の真意
私はアレクの前に膝を突き、両肩をしっかり抱いた。
「どうしてここにいるの!?」
「ずっと箱のなかにいたよ」
「箱って……」
私は巨匠ヴェルダンのチェストを振り返った……この中に隠れていたの!? サムスやモニカが重そうだったのも納得だ……。
「勝手についてきちゃダメでしょ! 窒息したりケガしたりしたらどうするの!」
「だって……」
「今日はお仕事で会えないけれど、明日たくさん絵本を読むってお約束したのに」
「……むぅ」
不満そうに、アレクはほっぺを膨らませている。
「…………ママ、どうしておでかけしたの」
ジトッとした視線が突き刺さる。
アレク、怒っている。
すごく怒っている。
「……ぼくより、このおじさんがすき?」
カシウスを親の仇のように睨み、幼児とは思えない暗い表情を浮かべた。
「そんな訳ないでしょう!」
ぎゅっと抱きしめ、アレクを見つめる。
「ママが好きなのはアレクだけよ、絶対にそう。このおじさんには、アレクを守る協力をしてもらいに来たの」
そのとき、カシウスが突然噴き出した。
「ぷっ……ははははは!」
何が面白いのか、涙を滲ませて愉快そうに肩を揺らしている。
「そのチビ、あんたの子どもか? レオンと同じ顔してやがる……くく、笑える」
しゃがみ込んで頭を撫でようとしたカシウスの手を、アレクはバシッと叩き落した。
「さわるなっ! しね」
「ダメよ、アレク。乱暴な言葉は」
「あはははは」
何がおかしいのよ……この男、やっぱり情緒がおかしい。
「おもしろいチビだなぁ。レオンと同じ顔なのに、表情がやたらと豊かだ。……母親の育て方が良いのかな」
カシウスの表情から、スッと毒気が抜けた。
「なあ、マダム。見返りはそのチビにしよう」
「……はい?」
「お望み通り、あんたに入れ知恵してやるよ。だからアレクを幸せに育てろ。……レオンの奴は母親のせいで苦しんだ。その分まで背負ってもらいたい」
「……?」
カシウスは呼び鈴を鳴らして使用人を呼び、茶菓子を用意させた。……子供の喜びそうな、クリームたっぷりのロールケーキだ。
「少し話そう。座って」
応接ソファを勧められ、私の膝の上にアレクがちょこんと乗った。威嚇するネコのような態度で、カシウスを睨み続けている。
「――もう6年くらい前か。邪竜討伐に行く前にレオンが訪ねてきた。『妻が困っていたら助けてやってくれ』ってな」
対面の席に腰を下ろし、カシウスは昔話のように語り始めた。
「だがまさか6年後とはな。……どうして今さら来た?」
「夫からの手紙を義母が処分していたんです。手紙のことを知ったのが、つい先日でした」
「……相変わらずぶっ壊れてんな、あのババァ。まったく、身内の恥だ」
「失礼ですが、あなたは義母の……」
「甥っ子」
冷えきった目で、カシウスはそう答えた。
「俺の顔、バーバラによく似てるだろ? だから俺は、母親にひどく嫌われていた。最期まで、心は通わなかったなぁ」
……まあ、俺の話はどうでもいい。と、吐き捨てるようにカシウスは言った。
「バーバラ・エリンリはもともと伯爵家の次女だった。バーバラのせいで長女のエリーナは精神を病んだし、エリンリ家は大きく信頼を失墜させた。長女は平民の金貸しに売り飛ばされるように嫁がされ、俺が生まれた。だから甥。――質問は?」
返す言葉が見つからず、私は静かに首を振った。
「バーバラはまるで病害虫だ。自分以外は決して愛さず、他人を食い潰すだけの女」
「でも義母はレオン様のことだけは愛していたと思います。……今でも『わたくしのレオンさん』とか言っていますし」
「は? 気色悪い」
カシウスは顔をしかめた。
「義母はアレクを養子にしたがっています。きっと、最愛のレオン様にそっくりだから……」
「いや違うね。絶対に違う」
違うって? バッサリ否定され、反応に困った。
「バーバラが欲しいのは愛情じゃなくて権力さ。見たところ、もうすぐ5歳ってところだろう?」
「……ええ。あと4か月で5歳です」
「ほらな」
……?
言いたいことが理解できない。
「おい、まさか少年当主後見人制度を知らないのか? レアなケースとはいえ……不勉強は身の破滅だぜ?」
「……すみません」
彼は呆れ顔になりながらも、丁寧に説明してくれた。
当主が亡くなり後継が5歳未満なら、『当主代行』という役職が立つ。けれど5歳になれば子は『少年当主』として爵位を継ぎ、国王に宣誓した『後見人』が少年当主の教育と権限行使の任を負う。
「つまりだ。アレクが5歳になるとバーバラの当主代行の権限は消えちまう。だから、新たに後見人の座を狙っているのさ。だが、後見人の第一優先権は母親だ」
母は子に最も近い存在であり、少年当主を正しい心で導くのに最適だという古来からの思想に基づき、そう定められている――とカシウスは言った。
「だが母親にその能力がなければ、他の血縁者が後見人になる。だからバーバラは、あんたに『母親失格』の烙印を押したがっているのさ」
「……そんな理由でアレクを手に入れようだなんて!!」
利権を守るため? 愛情ですらなかったの?
血液が沸騰しそうだった。
(お義母様を止めないと。……でもどうすれば?)
『母親失格』の烙印を押される前に、義母を後見人失格に追い込んでやりたい。あれだけ好き放題している人なのだから、何か後ろ暗いことに手を染めていても不思議はないだろう。なにか、スキャンダルのネタでも引きずり出せれば――。
「理解できたなら、今すぐ帰れ。助言が必要なら今後は使用人を寄越して、絶対にあんたは来るな。未亡人が平民男のもとに通ってるなんて噂が立ったら、バーバラのご自慢のレース織りで首を絞められちまうぞ?」
冗談めかして、カシウスは私に警告してきた。
(レース織り?)
ハッとして、顔を上げる。
「……ねえ、ダリアンさん。ひとつ、調べてほしいことがあるの」
声を落として伝えると、カシウスは驚いた顔をした。
「確かな情報か?」
「まだ分からないわ。……でも、上手くいけばお義母様を失脚させられるかもしれない」
応接テーブルを回り込み、私はカシウスを真正面から見据えた。
「いい作戦を考えたのよ。ダリアンさん、どうか私に付き合ってください」





