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【11】カシウスという男

私がカシウス・ダリアンのもとに向かったのは、キンダーフェストから2か月近く経ってからのことだ。外出がバレないように下準備をしたり、義母に押し付けられる雑用をこなしていたりするうちに、あっという間に日が経っていた。


表門から馬車で堂々と出るわけにもいかず、メイドに変装して信頼できる使用人の手を借りながら抜け出した。


「奥様。こちらに馬車をご用意しております」

侍従サムスの手配で、領主邸からかなり離れた目立たない場所に小さな馬車が控えていた。

台車で運んできた荷物を、サムスが馬車の荷室へと運び上げてくれる。荷物はかなり大型で重く、老齢のサムスには申し訳なかった。


「ごめんなさいね、サムス」

「ジェシカ奥様のためなら、お安い御用です。行ってらっしゃいませ」

私と侍女モニカが馬車に乗り込むと、馬車は出発した。


目的地は、王都にあるダリアン商会本店。

ダリアン商会は国内各地に支店を持つ大手金融商会で、商会長のカシウスは本店にいるという情報を取得済みだ。ノイエ=レーベン侯爵領は王都と近く、街道も整備されており日帰りで往復できる。


(王都に出向くなんて、何年ぶりかしら。……それも金貸しだなんて)

しかし、悪嫁たるものこの程度で緊張してはいられない。今日のために、万全の準備をしてきた。


ダリアン商会は、王都の目抜き通りにあった。

屈強なガードマンに守られた店内に足を踏み入れる。磨き上げられた大理石の床とオーク材の壁、仕切られたカウンターが十数個も並び、それぞれに商会員が控えていた。金貸しと言うから粗野な印象を持っていたが、上流階級向けの銀行のような趣だ。


客は身なりの良い者ばかりで、私も落ち着いた色合いのドレスにつば広の婦人帽という淑女らしい体裁を整えている。侍女のモニカは、荷物の載った台車をゆっくりと転がしながら私の後方に控えていた。


「いらっしゃいませ」

カウンターに通されて、私は用意してきた指輪をそっとトレイに置いた。

これは輿入れのときに母に贈られた指輪。私の所持品は全部バーバラお義母様に取り上げられていたのだけれど、死に戻ってからの数年でいくつか取り返すことに成功した。

この指輪は、取り返せた物のひとつだ。


(本当は担保なんかにしたくないけれど、作戦のために仕方ないわ。あとで必ず回収しましょう……)


指輪の査定を済ませた商会員が、口を開く。

「こちらの指輪を担保になさるなら、コーレル銀貨100枚の融資が可能です。利息は月に0.4割、返済期限は2ヶ月となります。いかがでしょうか、マダム」

「ええ。お願い」

借用証書に署名すると、商会員がそれを丁寧に確認し、カウンター越しに銀貨を渡してきた。


「他にも査定する物はございますか?」

「ええ。もうひとつ見ていただきたくて」

後方に控えていたモニカに目くばせをすると、彼女は台車を転がしてこちらに来た。台車の上には、布で覆われた大きな箱。


「こちらですわ」

私は、少しだけ布をめくってみせた。

中にあったのは、子どもが忍び込めそうな大型のチェストだ。黒檀の土台に竜の鱗で装飾され、洗練された美を醸しだしている。それを見て、今まで無表情だった商会員がごくりと唾を呑んだ。

「……マダム。そちらは」

巨匠(マエストロ)ヴェルダンの手による、竜細工のチェストですわ」

「!」

これも私の嫁入り道具。義母から取り返すには大変な苦労が伴ったのだが、その話は置いておこう。


今は亡き巨匠ヴェルダンは、私の実家ファロー伯爵領の出身だった。国一番の工芸職人であり非常に寡作だったため、彼の作品は途方もない値段で取り引きされている。


商会員はカウンターを飛び出すと目の色を変えてこちらに来て、チェストの前に膝を突いた。

「こ、これは……なんとすばらしい!」

「お待ちになって。お取り扱いには十分にご注意くださいな」

「し、失礼いたしました。……少々お待ちくださいませ」

商会員は奥に引っ込み、やがて店長格の恰幅の良い壮年男性が現れた。


「マダム。そちらの品、もしよろしければ当店での買い取りをご検討いただけませんでしょうか」

「あら、困りましたわ。一時的なご融資で十分ですのに」

「……そこを何とか」

「でしたら、せめて商会長殿とお話させてくださいな。これの価値を考えれば、相応の方とでないと……」


店長格の男性は「確認して参ります」と言って奥に下がり、しばらくしてから戻ってきた。

「お待たせいたしました、マダム。こちらへどうぞ」


案内され、私とモニカは店舗の奥へと進んでいった。モニカは冷や汗をかいている……ここまで希少な品を運んでいたとは知らなかった挙句、黒檀製のチェストはかなりの重さだ。モニカには、あとで臨時報酬を贈りましょう。


「こちらでお待ちくださいませ」

通された応接室は、貴族邸宅にも劣らない洗練ぶりだった。

(……うまくいったわね)

台車を運び入れてもらったあと、モニカには従者用控え室で待機してもらっている。


室内には私だけ。

やがてそこに現れたのは――。


「お待たせしました。マダム。私が当商会の会長カシウス・ダリアンでございます」


現れたのは、二十代の後半の男性だった。

切れ長の目と、夜闇を閉じ込めたような黒髪、陶器のように白い肌。深く彫りのある顔立ちには色香が漂い、どこか悪魔的な美貌の持ち主である……。

(ひっ……)

喉が引きつり、うっかり悲鳴を上げそうになった。


「おや。いかがなさいましたか、マダム? 私の顔に何か?」

カシウスと名乗ったその男は、罪作りな色男のように甘く笑って首をかしげている。

顔が……。

この男の顔が、大問題だ。


(顔が……()()()()()()()()()だわ!!)

似すぎてとても気味が悪い。

他人の空似とか、そういう程度の話ではない。

親子なの!? と思えるくらいにそっくりだ。


(何なの、この男……!? 旦那様は、何のつもりでこの男のことを手紙に書いたの!?)


言葉を失い、私は酸欠の魚のように唇をわななかせていた。


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