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【10】燃え残った言葉

帰りの馬車の中、私は旦那様の遺した手紙を見つめていた。

燃え残ったのは手紙のごくごく一部分。よくぞ諦めずに取り出したものだと、ナタリーの想いの強さが窺える。焦げた紙に綴られた文字はほとんど読み取れず、辛うじて読み取れたのは――


「……ママ」

アレクに呼び掛けられ、私はハッと顔を上げた。

私の隣で、アレクは心配そうにしている。……ダメね、私ったら。私が深刻な顔をしていたら、アレクも不安になってしまうのに。


「どうしたの、アレク?」

にっこり笑って問いかけた。


「……ぼく、今日、わるい子だったかな」

「どうして?」

「だって。……カラスとけんかしちゃった」


そういえば行きの馬車で、「いい子にしていれば大丈夫よ」と伝えていた。どんな子がいい子かと聞かれ、意地悪やケンカをしない子だと答えた。だから、アレクは気にしているようだ。


「テオ様が大ケガをしないで済んだのは、アレクのおかげよ。……本当に立派だったわ」


本音を言うと、立派かどうかより無事でいてくれることのほうが私には大切だ。危険なことはしてほしくない……と切実に願いつつも、侯爵家次期当主という立場も考慮しなければならない。


「天国のお父様も、きっとアレクを誇りに思っているわ」

騎士の中の騎士、稀代の英雄――旦那様の血を、アレクは色濃く継いでいる。……ところがアレクは、

「ぼく、おとうさまに似たくない」

と、ぽつりと悲しげに言った。

「アレク?」


「……だって、おとうさまに似てると、おばあさまの子どもにされちゃう」

私は息を呑んでいた。



ぐすん、ぐすんとアレクは泣きべそをかき始めた。


「ぼく、おばあさまの子なんてやだ。ママの子がいい……」

「アレク!!」

強く、強くアレクを抱きしめた。


きっとアレクは聡いのだ……だから大人たちの空気から自分の立場を悟ってしまう。


「大丈夫。おばあ様がどれほどアレクを欲しくても、勝手に自分の子どもになんてできないんだから」


私とアレクが同意書に署名しなければ、養子縁組は成立しない。偽造される可能性はゼロではないが、そう易々と屈するものか。


「アレクはずっと、ママの子よ」

「うん。ママの子……」

私の胸に顔をうずめて、ぎゅっとしがみ付いてくるアレク。愛しさと同時に込み上げてきたのは、義母への激しい怒りだった――。


   *



――その夜。

ベッドに寝転び天蓋を仰いで、私はじっと考えを巡らせていた。

やがてごろりと寝返りを打つと、鍵付きのサイドボードにしまっておいた紙片を取り出す。


ナタリーから渡された、旦那様からの手紙だ。


「……分からない人」


生前から理解できない夫だったが、死後も変わらず謎だらけだ。

アニエス夫人やナタリーの様子からすると、かなりの人格者だったようだけれど。私には、彼の人柄を理解するような時間はなかった。


義務だけの妻に手紙を残してくれるのだから、やはり善い人だったのかもしれない。


(まあ、『私の母上をよく敬え』とか、そういう内容だったかもしれないけれどね。なんといっても、『わたくしのレオン様』だし……)


燭台の下、辛うじて読み取れる一文に目を凝らす。


『もし、貴女が困■■■■■■■、カシウス・ダリアン■■■■■■。彼は■■■■■■■■■■■――』


それ以外は、本当に何も読み取れない。


「カシウス・ダリアンというのは、何者なのかしら……?」




   **



翌日、私はその『カシウス・ダリアン』という人物について調べることにした。しかし書庫の貴族名鑑を見てもダリアンという姓は見当たらず、どうやら貴族ではないらしい。

さっそく手詰まりになりかけていたが、思いがけず答えを与えてくれたのは侍従のサムスという老人だった。


「ダリアン? ああ、金貸しのダリアン家のことですかな?」

「金貸し……?」

がっかりしてしまった。お金の工面なんて、今は別に必要ない。

「代々金融業で財を積み上げ、近年は商会経営にも乗り出していますよ。現当主のカシウスという男が若くして家業を継ぎ、抜群の才覚で莫大な利益を上げているとか。強かなやり手として有名です」

「そう……」


もし手紙の文面が、『もし貴女が困っていたら、カシウス・ダリアンを頼ってくれ』だったら、旦那様は私に協力者を用意しておいてくれたということだ。……そんな都合の良い話があるかはわからないけれど。


(どちらかというと、『もし貴女が困っていても、カシウス・ダリアンに金を借りるのだけは絶対にやめろ』のほうかもしれないわよね)


サムスと別れたあと、自室で手紙を見つめながら思案に暮れた。

「……どうしたらいいのかしら」


カシウス・ダリアンに会いに行くべきだろうか? 

でも、どうやって? お義母様の命令で、私は外出を禁止されている。もし行くのなら堂々と出掛けるのは無理だし、綿密な下準備が必要だ。それに会ってみても、どう転ぶかは分からない……。


すっかり怖気づいていたことに気付き、私はパシっと自分の頬を両手で叩いた。


「何を気弱になっているのよ、私は。悪嫁なんだから、もっと堂々としなくっちゃ!」


アレクの笑顔を守りたい。私の願いはそれだけだ。

そのために、利用できそうなものは何でも利用する。


「――虎穴に(Nothing)入らずんば(ventured)虎子を(nothing)得ず(gained)。っていうものね」


このまま防戦一方よりも、いっそ撃ちに出るべきだ。

私はカシウスに会いに行くと決めた。


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