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黒幕系彼女が俺を離してくれない  作者: 氷雨 ユータ
CASE1[i]

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妄躁・幻実

 休みが無くるくらい忙しくなったらいつも通りのペースで投稿できなさそうだし、それまでには完結させたい気持ちはあるよねえ。

「いやあああああああああああ!」

 何で?

 どうして?

 目を離しただけで一階の中身が変わるなんて知らない。聞いてない。あの人も言ってなかった。何で? もしかして知らなかった? 私達を陥れたいのでもない限り、そうとしか考えられない。


 ―――じゃあこれからも、建物に入る時はこの事を考えに入れなきゃいけないのッ?


 この変化がこの建物だけなのか、それとも全ての建物に言えるのかは分からない。ただ、それでも相当に面倒なのは事実だ。こんな所に狩也さんが居ても―――既に手遅れなのでは、とも思えてしまうくらいには。いや、そう思ってしまいたい。こんな目に遭うくらいなら狩也さんの行方なんて―――!

 そこまで考えた所で、私は悠長に考えている暇などない事を思い出して、土地勘のない一階を走りだした。あそこまで大きな片腕が大きいと階段を降りられるとは現実的に考えて思えないが、だからって離れない道理は無い。気味の悪い存在が上に居るというだけで、逃げる理由は十分だ。

 新たに現れた一階は旅館さながらの趣ある和室になっており、目の前に障子が一つ。壁際に吊り下げられた提灯だけが頼れる光源だ。まさかこんな所に連れて来られるとは思っていなかったので、懐中電灯は持ってきていない。正確には、神乃の方が持っている。

「……も、持ってくしか、無いよね……」

 提灯なんて如何にも機動力を損なわせてしまいそうだし、何よりこんな木造建築の場所で迂闊に落としてしまいそうものなら……これは、提灯の中身が電球だったら心配は無いのだが、案の定、蝋燭だ。ここまで家の雰囲気が古いと、そうだろうとは思っていた。

 目を離しただけで自分の居た場所が変わる様な出鱈目な場所で火を落としたら最後だ。私は脱出できずに焼け死ぬ事になる。焼死は数ある人の死の中で最も苦痛を伴うとも言うし、生前火葬なんて冗談じゃない。慎重な手付きで提灯を取り、私は勢いよく障子を開く―――

 寸前。頭の中を駆け巡った予感が、私の行動を停止させた。

 説明のしようがない予感。信じる道理も無いが、本能が身体を止めたという事は、つまりそれだけの何かがあるという事。一度心を落ち着かせた後、障子に穴を開け、膝立ちで向こう側を覗き見る。

「…………暗い?」

 やはり提灯を持っていく選択肢は正解だったか。それにしても暗すぎる。幾ら暗いと言っても、暗すぎやしないか。障子に張り付いた私の隣に提灯があるのだから、多少灯りが障子を超えて向こう側に入ってもおかしくない、というかそうでないと困る。

 私の視力に問題があるのかと思い、更に障子に密着して目を凝らす。何も見えない―――




 光の届かぬ漆黒にようやく見えたのは、昏々と見開き続ける巨大な眼球だった。




「……ぎゃああああッ!」

 反射的に飛び退くが、それと同時についさっきまで張り付いていた障子を異形の腕が貫通。私が退いた距離よりも僅かに短いが、それでもかなりこちらまで迫ってきた。

 後少し飛び退くのが遅かったら……恐らくは。

「ど…………な、なん……で」

 先回りしているのッ?

 奇跡的に躱せたのは良いが、恐怖と動揺のあまり腰が抜けてしまったのでは寿命が数秒伸びただけだ。何とか手を動かして必死に後ろへ下がるが、壁にぶつかって止まる。それはいい。後ろには階段があるから、ぶつかるのはいい。

 じゃあどうして、上半身にも同じ感触があるのッ?

 あの怪物から死んでも目を離したくなかったので、手を持ち上げて、背後を接触確認。段差が……無い。


 また変わってる……!


 あの階段は? 

 二階は?

 怪物の移動方法は?

 分からない分からない分からない分からない分からない! 

 提灯二つが照らすにはその怪物はあまりに巨体だったが、その双眸はまともな方向を向いちゃいない。左右どちらも半分飛び出した状態で全く別の方向を向いている。後頭部に張り付いた目とはまた別の気持ち悪さだ。ギョロギョロとせわしなく動くせいで、私を見ているのか見ていないのか分からない。

 それでも、階段が消えて退路が断たれた。もう駄目だ。私は自らの膝の内側に顔を埋めた。痛いのは嫌だけど、その痛いのを直接見るのはもっと嫌! それくらいだったら……せめて目を瞑っている内に。

 


 …………………覚悟を決める。



「嫌だッ、嫌だ! 助けてくれ! 誰か、美原! 何処に―――アアアアアア! やだ、やめて! 来ないで! 私の中に入って来ないでよお!」

 


 ―――神乃ッ?

 助けに行きたかったが、私の目の前にはあの異形の怪物が立っている。助けられる訳が無い。もしも今の声に注意が向き、怪物が移動していたなら話は別だが、足音が聞こえない以上、この怪物はきっと私の顔が上がるのを待っている。上がった瞬間に、叩き潰すつもりなのだ。

 信じない。希望なんて持った所で叩き落とされるだけだ。きっと狩也さんも、こんな怪物に潰されて、とっくの昔に死んでいるに決まっている。

 あの人も、私も、神乃も―――皆、もう終わりだ。この『素晴ら』しい場所で、『素晴ら』しい死を遂げるのだ。この『素晴らしい』場所に、取り残されてしまうのだ。 


 



 

 

 

  

 


 



 

 素晴らしく住みやすい場所だって? 冗談じゃない。ここに来てかなりの時間が経ったが、欠片も、微塵も、そんな感想は抱いた事が無い。相変わらずテレビもエアコンも扇風機も炬燵も……炬燵はあった。だがそれだけだ。

 一つ二つ、馴染み深い物があったからと言って、ここが住みやすくなる訳ではない。

しゅう。もっと火を焚いて』

「えええええ! 俺、これでも一生懸命やってるんだけどッ」

『気合が足りない!』

「火吹き竹なんて触った事がねえんだよ!」

 だが決して住みづらくはない。

 時計が無いせいで時間間隔が麻痺しているだけかもしれないが、四回程眠ったので、四日経ったという事にしておく。聞こえる訳が無いと思っていたせつの声は、気が付けば普通に聞こえる様に、それ処か会話出来る様になっていた。

 相も変わらぬ深編笠については最早突っ込まないが、落ち着いた雰囲気は持ちながらも、何処か可愛げのある声は、今の所、唯一の癒しだった。あの時聞こえた声とは全くの別物だったが、きっとあれは俺の気のせいだったのだろう。こちらの声の方が感情豊かで、ずっとそれらしい。

「早くしないと火が消えるよ。ほら、ファイト」

 昔めいた暮らしを強いられているのは相変わらず辛かったが、雪の声一つで頑張れる辺り、俺も単純だ(雪の性別は尋ねる事自体何となく気まずいので聞いていない)。大して親交もない雪一人でこうなっているのなら、俺は今までどれだけ碧花の存在だけで頑張れていたか。

「ふーッ! ふううううううーッ!」

「そうそう。そんな感じ。それをもう少し……いやかなり長く……良いって言うまで、続けて」

 素晴らしいと言うつもりはないが、この暮らし自体は決して悪くない。雪とろうとの生活に充実感を覚えている自分が居る。

「……もういいよ」

「おぅほ…………はあ……あーこんなの毎日吹いてるってマジかよ。どっちよ」

「楼だよ。狩が来る前はいつもやってた」

「ああ……」

 楼は今こそ何処かに出かけてしまっているが、四日も一緒に過ごしていると、まるで端から旧知の仲であったかの様に仲良くなれた。いやあ、実は前々から懐かしい感じはしていたんだよ!

「暫くしたら、またやってもらうから」

「ええ! ……でもライターあるんだろ? あれ使おうぜ」

「あれは替えが効かない」

 ライターがとんでもない貴重品になっている点についても、ツッコむのは諦めた。見つけたのは楼らしいが、彼は一体この前時代的な環境の何処からライターを手に入れてきたのだろう。色々な意味で時代錯誤も甚だしい。もうどういう事なんだ。

「……で。そろそろ教えてもらおうか。何でまた急に火を焚き始めたんだ? 楼が居ないのに、食事でもする気か?」

「そんなつもりはないよ。楼も大切な家族だから。ただ、時間差を考えたら今くらいが丁度いいかなって」

「ほーん」

「勿論、狩も大切な家族だよ」

 言いつつ雪は適当なペースで薪を入れ続けている。しかし家族か。そう言ってくれるのは嬉しいが、俺の家族はもう『雪と楼の二人だけだ』。悲しいような、嬉しいような。複雑な気分である。

「なあ雪。お前のその編笠さ……寝る時も取らないよな」

「うん」

「何でだ?」

「見て欲しくないから。狩がどうしても見たいって言うなら見せても……いや、駄目。見せられない」

「どんなに面白い顔でも幻滅したりしないぞ」

「……ふふッ、そう言ってくれるなら、嬉しいけど。でも駄目。馬鹿にされた気分」

 遅れて、俺は自らの発言が無礼極まりないものだったかを自覚した。

「―――え。あ、すまん! そんなつもりはなかったんだけど……お前の素顔を面白い顔って言いたい訳じゃないんだ!」

「何をどう馬鹿にされてると感じたかは言ってないよ。って事は、狩はそう思ってるって事だよね。やっぱり駄目」

「違うんだよおおおおおおおお!」

 言葉の選択を悉く誤った気分だ。本当にそんなつもりはなかった。俺は外見で人を判断したりは……するが、幻滅とかドン引きとか、そこまではしない。強いて言えば狐面を被った男を見て『胡散臭い』と感じるくらいだ。

 間違ってもこの理屈は雪には適用されないので、関係ない話の筈だった。

「……しっかし楼の奴、そろそろ外に連れて行ってくれてもいいのにな」

「狩は土地勘が無いから、心配しているんだと思う」

 気持ちは嬉しいのだが世の中には有難迷惑というものが……いいや、迷惑ではないか。有難い事は有難いが、迷惑という程でも―――つまり有難いのだが。俺は早い所ここから脱出する手段を『放棄』して、二人『の下に戻ら』なければならない。こんな所でいつまでもモタついてはいられないのだ。

「狩さえ良かったら、一緒に行って案内するよ」

「え、いいのか? でも火を見てないと……」

「…………そうだった」

「考慮して無かったのかよッ!」

 雪は変な所で抜けている。大人しく楼の帰りを待っているしか、俺達に選択肢は無いのである。こういう暇な時間を、以前はテレビを使って潰していたが―――

「いつか狩にも、ここが素晴らしい場所だって言って欲しくて、つい、ね」

「素晴らしい? まあ確かにお前達―――特に楼とは初めて会った気がしないけどさ。まだ出会って一か月も経ってないし、そんな急に素晴らしいとは―――」

 後に続く言葉が唐突に思いつかなくなったので、俺は鼻で笑いながら誤魔化した。




 ―――なんか、忘れてる気がするのは、気のせいか?




 


       

 狩也で釣り合いを取るスタイル。



 実はこの時、何も釣り合いが取れていない事を、視聴者は知らないのだった。

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