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黒幕系彼女が俺を離してくれない  作者: 氷雨 ユータ
CASE9

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236/332

美女と野獣

 遅くなり。

「…………先輩、行っちゃいましたね」

 コントローラーも碌に片づけないで、先輩は家の外に飛び出して行っちゃいました。狙っていたのか偶然だったか。運良く先輩は『黙示録』を引き、そして運悪く自分に当てて喜んでいたので、私は前者だと思っていたりする。

 それにしても先輩の勢いには凄いものがありました。漫画だったら残像が生まれていてもおかしくないくらい、一挙手一投足が早かったのです。先輩は帰宅部という事ですけど、実はその気になれば、運動部のエースになれるくらいの身体能力があるのかも。

「……萌は気付いた?」

「え、何がですか?」

「…………今までの数ターン、首藤君はアイテムマスの方にばかり向かっていった。多分彼は、意図的に自爆したんだと思う。遅れたくなくて」

「あ、それは私も気付きました! でも先輩、凄いですよね。『黙示録』を引くの、分かってたんですかね」

 御影先輩が首を振った。

「ううん……このゲームで確定で手に入るアイテムなんて最初の『商品券』くらい。『黙示録』なんて確定で手に入ったらバランス崩壊待ったなしでしょ」

「え、でも先輩の動き。途中から明らかに何か確信が無いと出来ない様な動きばかりでしたよ」

「…………首藤君の長所だと、私は思う」

「勝負強さがですか?」

 私の問いに対してまんま答える事はせず、御影先輩は少し趣旨の違った質問を返してきた。

「強いギャンブラーって、どういう人だと思う」

「急にどうしたんですかッ? ……やっぱり、運の良い人とかですかね。後はイカサマの上手い人?」

「正解だと思う。でも私は……もう一つあると考えてる。本当に強いギャンブラーっていうのは、大きすぎるリスクに啖呵を切るでもない、大きすぎるリターンに目が眩むでもない。勝負するべき所で勝負して、天運を勝ち取れる人だって」

「…………先輩がそうだって言いたいんですか?」

「事実、首藤君は今まで色々な事件に巻き込まれながらも生還してる。それは行動するべき所で行動し、その結果良い方向に転がってきたという証拠だと思う。『まほろば駅』事件なんか特にね」

「…………ちょっと待って下さい。『まほろば駅』ってあの……? それに事件って、先輩そんなのに巻き込まれた事なんかありましたっけ」

「私も知らない。でもそう書いてあった」

「何処に―――」

 そこまで言いかけた時、退屈を極めた第三者が、遂に声を荒げた。

「あのーいつまで話してるんですか? 萌さんのターンですよ?」

「あ…………」

 御影先輩はコントローラーを持つと、誰に言われるでも無くテレビに向き直った。

「―――続きは後。今はこの戦いに、終止符を打たないと」







 















 くーりーすーまーすーがこーとーしーも。

 音階と音程が壊滅的なのでやめた。この調子で向かえば間に合うだろう。いやしかし、本当に『黙示録』を引けて良かった。行かないという選択肢は無かったので、もし引けなければ雰囲気を壊さないという方を妥協して、無理にでも離脱するつもりだったが、これで良い。

 クリスマス会という事で取り敢えずトナカイに着替えてはみたが、おかしくは無いだろうか。如何せん急いでいたから鏡でのチェックは行っていない。元々似合うとは思っていないが、せめて笑えるくらいのクオリティになっていれば良いのだが。

―――着いた!

 インターホンを鳴らし、応答を待つ。二秒後、遂に楽園への扉が開かれ、美しき天使が俺を出迎えた。


「いらっしゃい」


 別に衣装を被せないつもりはなかったから、被ったとしてもそれはそれで笑いのネタになるだろうと思っていた。しかし何と運の良い事に碧花はサンタで、俺はトナカイ。今日一日は二人きりという事で、ここにクリスマスコンビが結成された……が。


 どうでもいい。マジでそんなのはどうでもいい。


 碧花の服装は控えめに言って刺激的だった。服装だけを見れば、ベアトップのサンタ服に、お尻から太腿にかけてをうまいこと隠せているサンタ柄のスカート(見えそうで見えない絶妙な丈だ)に、膝上まで履かれたサンタ柄のソックスと、あまりおかしいものではない。少なくともこういう格好をする女の子は居るだろう。

 服装だけを見ればと念押ししたのは、よりにもよってモデル顔負けの碧花がこんな格好したらどうなるかを言いたかった。




 じ つ に け し か ら ん !




 まず彼女の巨乳でベアトップなんてやろうものなら、その豊満な胸が普段の五割増しで自己主張をするようになるので、本人の意思に拘らず、見る者を誘惑する。まさか『零れ落ちそうな』という表現を、これ程忠実に再現してくるとは思わなかった。身長の問題で俺は少し上から碧花を見る事になるのだが、その谷間の絶景たるや絶景たるや。今すぐにでも顔を埋めたり揉みしだいたりしたい欲求に駆られるが、まだ玄関先だ。流石に犯罪になりそうなので、ここは抑える。

 だが、それだけじゃない。俺の理性を破壊しにかかってくる要素はまだまだある。スカートとソックスによって作られる聖域とは何だ……その通り。絶対領域だ。碧花の絶対領域なんてそう見られるもんじゃない。

 絶対領域の所以とは『何者にも侵されざる領域』なのだが、だからこそ俺は侵したくなる。興奮の正体はきっと背徳感であろう。きっとそれは、俺の嫌う痴漢と似通ったものだろうが、だからって割り切れるか。俺だって男だ。


―――落ち着けえええあああああがああああああああああああああああぎいいいいい!


 絶対領域と胸の量感だけでここまで本能が暴走を始めたのだ。多分太腿付近は見ない方が良い。一度そこを見て、もしも絶対空域デルタゾーンを認識しようものなら、多分もたない。襲ってしまうと思う。

 じゃあ何処を見れば良いのかと言われても、顔……は、どうだろうか。何故か普段以上に色気がある。見ていたらその内虜になりそうだ。

 腕……は、脇を見かねないので却下。というか全体的に碧花を見る事自体却下。人形みたいに滑々で綺麗な肌なんて視界に収め続けていたら、少なからず俺はそれを女性と認識してしまう。

「……狩也君?」

「あ、お、お、おう!」

「君はトナカイなんだ」

「お、おうそうなんだ。に、似合ってるか? いや、鏡見てないから、似合ってないかもしれないけど!」

「―――よく似合ってると思うよ。でも」

「で、でもッ?」

「そこまで血走った目で見られると…………餌として見られてるみたいで、ちょっと怖いかな」

 血走ってる!?

 俺の目はどうして血走っているのだ。こんなエロ……じゃない。こんな素晴らしくエロ……じゃない。こんな可愛らしい格好をした碧花を見て、どうして目を血走らせる必要がある! こんなエロ……エロ…………


 興奮を抑えるので必死なんだから仕方ねえだろ! 


「お、お、お。す、すまん」

「気にしないで。その喋り方からいつもの君だと分かった……ここ、寒いし。立ち話もなんだから、入ってよ」

「あ、碧花。その……俺達、だけだよな。参加者」

「うん」

「二人きり、なんだよな」

「うん」

 俺は彼女の両手を握りしめると、そのままお互いの胸の間で硬く握りしめた。

「じゃ、じゃあお前のその恰好を見られるのは……俺だけなんだよなッ!」

 息が荒くなる。興奮を抑えるとか何とかほざいたが、既に抑えきれていない。組んだ手と俺の荒い息でミスディレクションされているが、俺の下半身にある煩悩の化身は既に封印を破っている。いっその事もっと身体を近づけて、彼女の乳房の感触を早速感じたいとすら思っている。もしこの状態で電車に乗っていたら間違いなく痴漢と疑われるだろうし、マジの痴漢からは同業者と思われる事間違いなしだ。

 彼女は俺が息を荒げている事に首を傾げていたが、やがて力強く頷いた。

「コスプレというものは趣味じゃない。だから……君だけにしか、見せるつもりは無いよ」

「あ、あ、そ、そうか! そうなのか!」

「そうだよ。今日は君だけが会える、特別な私だ。だから―――」

 碧花は一瞬だけ俺の耳元に顔を寄せると、素早く囁いた。

「―――独り占めしたって、誰も文句は言わないよ?」

 偶然か『偶然』か。碧花の言葉は着実に、俺の本能を縛っている鎖を解き放っていた。

 俺が碧花を襲ったりしないのは、色々と理由がある。俺自身がチキンというのもあるが、それだけが全てじゃない。彼女の言葉はそんな俺を縛る鎖―――不安を、消している。このまま同じ事が続けば、それこそ俺は獣になり果ててしまうだろう。

 直後の行動はその前兆と言っても過言ではない。碧花に促され、俺はダッシュで駆け込んでいった。





 ガチャンッ。




 玄関の鍵が、閉められた。

  

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