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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
氷河には氷があるよね編
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雑談

 カルパナ種苗店の倉庫から、店内へ移動するゴパル達に、カルパナ弟がチヤを持ってきた。礼を述べて、それを受け取る。

 外は雨が止んでいた。しかし、フェワ湖を囲む山々の尾根筋は、相変わらず雨雲の中に隠れているが。尾根筋に生えている木々が、影絵のように雨雲の中に浮かんでは、消えていく。

 こうして見ると、雨雲にも、薄い場所と厚い場所とがあるのが分かる。何となく、水墨画のような印象だ。

 そんな雨雲を見上げながら、ゴパルが肩をすくめた。

 太陽の姿が見当たらない。

「光合成細菌の培養方法も、やってみようかと思ったのですが……これじゃあ無理かな。明るさが足りない」

 カルパナがチヤをすすりながら、ピクリと反応した。

「紅色のKLですよね。どこかで嗅いだような臭いだったのですが……」

 サビーナがチヤを一気飲みして、ガラスコップをカルパナ弟に投げて返した。

「あれって、熟成チーズの臭いに似ているわね。フランスの産地じゃ、あんな赤い菌を使っていないけれど」


 そう話しながら、テキパキとした動きでレインスーツを着込み、フルフェイスのヘルメットを被る。そして、種苗店の横に設けていた、屋根付き駐車場から、ビシュヌ番頭が引き出してきたスクーターに乗った。すぐにエンジンをかけ、ゴパルに手を振る。エンジン音からして、百二十五CC級だ。

「じゃ、私はこれで失礼するわね」

 アクセルをブオン! と吹かして、カルパナとレカにも手を振った。

「じゃ、後はよろしくね、カルちゃん、レカっち」

 カルパナが微笑んで手を振る。

「ええ。サビちゃんも、ディナーのお仕事頑張ってね」

 レカも撮影を中止して、ヘロヘロと左手をヒラヒラさせた。

「ん。ほどほどにー」

 サビーナがスクーターを駆って、泥水を盛大に跳ね上げて走り去って行った。本当に忙しそうだ。


 サビーナを見送ったカルパナが、ゴパルに振り返った。

「KLって、三つまとめての培養だけではなくて、一つ一つの個別培養もできるのですね」

 ゴパルが、チヤをすすりながら肯定した。

「はい。目的に応じて、培養も変化させる事ができます。光合成細菌は、アミノ酸等を合成します。これを特に多く培養する事で、悪天候時でも作物の生長を促す事が可能になりますよ」

 カルパナの二重まぶたの黒い瞳が、キラキラと輝いた。

「それは役に立ちそうですね」

 カルパナの言葉を受けたゴパルが、少しの間、考える仕草をした。それも数秒ほどで終わり、カルパナとレカに視線を戻した。レカは早くも、映像の簡易編集作業を始めている。

「蛍光灯を使った箱の中で、光合成細菌の培養が可能です。私が首都に戻ってから、設計図や注意事項をファイルにして送りますよ。レカさんは、電気工作が得意ですから、大丈夫だと思います」

 レカが挙動不審な動きを始めた。眠そうな表情のままではあるのだが、肩先の黒髪と、両手が不可思議な動きを始めている。

「も、ものに、よる、から……。せ、設計図、おくって……ぐは」

 カルパナが穏やかな笑みを浮かべながら、レカの両肩に両手を添えた。

「あがり症なんですよ。慣れてくれば、普通に話すようになりますから、ご心配なく、ゴパル先生」

 最初、レカがゴパルに挨拶した時は、実にリラックスした表情と仕草だったのだが。一対一になると、急変してしまうようだ。


 その時、種苗店の前に一台のピックアップトラックが停車した。運転席に座っている男が、ニヤニヤしながらレカに手を振って、クラクションを鳴らした。

 レカが挙動不審な動きのままで、ピックアップに向かって駆けだして行く。ほとんど、操り人形のような動きで、トラックの助手席に飛び込む。

 次の瞬間、落ち着いたのか、人間の動きに回復した。運転席の男に何か文句を言った後で、カルパナに笑顔で手を振る。

「じゃ、わたしもこれでー」

 確かに、馴染みの人と会話する際には、レカは流暢に話しているようだ。

 再びクラクションが鳴らされて、ピックアップトラックが、泥水を派手に跳ね上げて走り去って行った。


 協会長がスマホでタクシーを呼び出している。その電話が終わったようで、ゴパルに、一重まぶたの瞳を向けた。白髪が交じる短い眉を、片方だけ上下させている。

「私もホテルへ戻りますが、ゴパル先生はどうしますか?」

 カルパナが、おずおずと右手を挙げた。

「あの……ゴパル先生。お時間に余裕があるのでしたら、私が作っている堆肥を見て欲しいのですが、いかがでしょうか?」

 ビシュヌ番頭と、スバシュは、カルパナとカルパナ弟に合掌して挨拶をしてから、それぞれの仕事に戻って行った。ビシュヌ番頭は農業資材の搬入に向かったようで、スバシュはパメにあるハウス温室へ向かったようである。

 その二人を見送ったゴパルが、時間を再確認した。垂れ目を細めて、カルパナに微笑む。

「大丈夫ですよ。私も堆肥の専門家ではありませんが、お力になれるかもしれませんし」

 カルパナが安堵して、ポンと胸元で両手を合わせた。

「よろしくお願いします」

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