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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
氷河には氷があるよね編
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講習再開

 二百リットルタンクに取り付けられていた電熱ヒーターを、電源を切ってから、いったん取り出す。そして、シャツの袖をまくり上げて、両腕に石鹸を付けて、水道水で水洗いした。洗った腕は、タオル等で拭かずに、濡れたままにしている。

「では、糖蜜を溶かし入れていきますね」

 ゴパルが大鍋の糖蜜を、よく洗ったバケツに注ぐ。おおよそ三分の一の量に達したところで、糖蜜を注ぎ入れるのを止めた。


 続いて、二百リットルタンクに入っている、米の洗い水の量を計算して、糖蜜を注ぎ入れてもタンクから溢れ出ない量に調節する。そして、調節が終わったタンク内から、米の洗い水をバケツに注ぎ入れた。

 ゴパルが右腕をバケツに突っ込み、かき回し始める。

「糖蜜を、米の洗い水で溶かしてから、二百リットルタンクに入れます。糖蜜を溶かさないで、そのままタンクに入れても、なかなか水に溶けないのですよ」

 カルパナが少し首をかしげて、ゴパルに質問した。

「あの、ゴパル先生。腕の消毒はしなくても構わないのですか? 石鹸だけでは、不十分かと」


 ゴパルが糖蜜を米の洗い水で溶かしながら、軽くうなずいた。

「構いませんよ。そもそも、糖蜜を二回煮沸したところで、完全な殺菌はできません。それに、空気中には多くの細菌やカビが漂っています。後は、KLの構成菌に頑張ってもらいましょう」

 そのような話をしながら、全ての糖蜜を二百リットルタンクに溶かし入れた。タンク内の米の洗い水は、糖蜜色に染まって、ミルク少なめのチョコレート色になっていた。ゴパルの腕は、糖蜜色の泡と液にまみれている。そのまま腕を洗いもせずに、ゴパルが次の作業に取り掛かった。指先から、糖蜜が滴っている。


「次に砂糖を同じように溶かしてから、タンクの中に入れます。量はタンクの量の一パーセント重量ですね。今回は二百リットルなので、二キログラム使います」

 糖蜜の品質がネパールでは安定しないので、発酵に必要な糖分が不足する場合がある。砂糖には、その最低量を確保するための、保険の意味合いがある。

 砂糖の原料はサトウキビなのだが、大量の肥料を消費する作物なのだ。化学肥料の割り当て争奪戦の影響を、小麦並みに受けやすい。肥料不足のまま育つと、砂糖の歩留まりも悪化するものだ。酷い場合では、砂糖がとれずに、糖蜜ばかりになる。


「もっと安価な粗糖が入手できれば、それを使っても構いませんよ」

 粗糖とは、砂糖の原材料である。サトウキビを絞った際の苦いアクや、繊維を含んだ不純物が多く含まれているので、遠心分離の手法で精製して、白い砂糖に加工する。漂白剤等の薬品は使わない。糖蜜は、この粗糖を作る際に出る排液だ。

 日本や欧米等の先進国では、糖蜜に残っている糖分も全て砂糖にする。そのため、糖蜜が全く甘くなく、海苔のような風味になる。ちなみに、糖蜜は化学調味料の原材料にも使われている。

 ネパールでは、そこまでの高度な技術が無いので、甘い糖蜜だ。

 続いて、岩塩を砕いて水で溶かした液をタンク内に加える。これは砂糖の十分の一で良いので、今回は二百グラムだ。ネパールでの岩塩は、中国チベットからの輸入が多い。色は濁った白色から、黄土色、オレンジ色、紅色と様々だが、一番安い白色の岩塩で十分である。宗教行事で使うには、紅色が良いとされている。


 ここで再び手を洗ったゴパルが、種菌が入っているビニール容器を持ち上げた。それを二百リットルタンクに注ぎ入れる。

「これで培養のための準備が整ったので、このようにして、種菌を全て入れます」

 種菌を注ぐ作業が終わると、棒をタンク内に差し込んで、かき回した。そして、棒をタンクから抜き出して、先端部分を見る。ちなみに、この棒は天秤棒である。農家が山の段々畑へ、草取り等の畑仕事に向かう際に、弁当や飲み物等を運ぶために使われている。これも石鹸で軽く洗っただけで、使っていた。

「糖蜜の溶け残りがあるかどうか、最後に確認してください。棒の先端に、溶け残りが付いていませんので、これで十分ですね」


 次に、最初に外しておいた電熱ヒーターを、再び取り付けた。ヒーターはタンク内に吊り下げている。タンクの底面に触れないギリギリの長さだ。タンクはプラスチック製なので、直接ヒーターと触れてしまうと、熱で溶けて穴が開いてしまう。

 といって、ヒーターをタンクの上部に吊り下げていると、タンク下部のエリアに熱が行き渡りにくくなり、温度差が生じてしまう。発酵は温度に左右されるので、できるだけタンク内の全てのエリアで、均一に温められる必要があるのだ。


 最後に、薄いビニールシートを液面の上に乗せて、二百リットルタンクの密閉フタを締める。金属製のバックルもあるので、フタとタンクとの隙間が無くなるように固定された。バックルがバチン! と音を立ててタンクとフタを噛む。

 タンク内に取り付けられた電熱ヒーターの電線は、密閉フタに開けた小さな穴を通している。この穴もガムテープで塞いだ。

 そのガムテープに、マジックペンで今日の日付を書き込む。

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