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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
氷河には氷があるよね編
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雑談

 その様子を眺めながら、協会長が、水の入ったコップに口を付けた。

「ゴパル先生。ポカラでは今後、さらに国内と国外の観光客が増える見込みです。ホテル数も五百以上に増えるでしょう。ここのような食堂やバー、カフェも増えるでしょうね」

 コップをテーブルの上に置いて、ゴパルを見つめた。一重まぶたの奥の黒い瞳が、強い光を帯びている。

「地元ポカラ産の食材の増産が、緊急の課題になりつつあるのですよ」

 先程も協会長が話していたが、食材を全てポカラ盆地の外からの調達に頼ると、色々と困る事が起きるらしい。

 まず、価格変動に巻き込まれやすくなる。幹線道路での土砂崩れや、ストライキ等による道路封鎖の危険もある。トラックによる陸送なので、悪路や長時間運送による荷痛みも起こりやすい。

 また、注文した食材の品質が、ホテル協会が望む基準に達しているのかどうかも、ポカラに到着した後でないと分からない。


「何よりも、運送コストと中間業者を減らせるので、ホテル側にとってもコスト削減になります。農家の儲けも、その分だけ増えますしね。スマホが普及したので、ホテル側が必要な時に、必要な食材を必要な量だけ、農家に直接注文できるようになりました」

 農家側の負担を軽くするために、注文は、朝と昼の二回だけにする規則にしている、と補足説明をする協会長だ。ホテル協会の小型トラックが、朝と昼の二回、農家を巡回しているらしい。

 協会長がゴパルに微笑んだ。決して自慢するような口調や、態度では無い。その話し方にも感心するゴパルであった。

「農家の顔が見える取引ですね。我々の言い分と、農家の言い分とが直接ぶつかるので、効率的に改善を行う事ができます。それに、廃棄ゴミも減らす事ができますね」

 燃えるゴミの処理は、ネパールでは焼却施設が無いので、ゴミ捨て場に埋め立てている。当然ながら、周辺の住民から苦情が殺到する。そのため、できるだけ燃えるゴミの量を抑える事が、ホテルや飲食店に求められているのだ。


 ゴパルも水を飲んで、協会長の話に聞き入っていた。

「なるほど。色々と考えているのですね」

 ちょうど、カルパナが電話を終えたようだ。スマホをレインスーツの中に収めて、ゴパルに振り返った。緩くまとめている、軽い癖のある黒髪の先が、腰の辺りで揺れた。二重まぶたの黒い瞳が、キラリと輝いている。

「講習の準備は、夕方までに整うそうです。では、私も講習準備を手伝いに行ってきますね」

 ゴパルが合掌して礼を述べた。

「お仕事中ですのに、すいません。うちの教授の思いつきで、このような事態になってしまいました。カルパナさん、講習の準備を、よろしくお願いします」


 カルパナがヘルメットを被りながら、穏やかな瞳を細めた。髪は、ヘルメットの中に入れずに、そのまま垂らしている。

「正直に言いますと、まだ、半信半疑ですけれどね。今までも、有機認証の微生物資材を扱った経験がありましたが……どれも、思わしくない結果でしたので。今回は期待していますよ、ゴパル先生」

 そう言って、ゴパルと協会長にも合掌して、足早に店を出ていくカルパナだ。紅茶の代金を、支払いカウンターで手早く支払って、そのままバイクに乗って駆け去っていった。

 協会長が苦笑している。

「ありゃりゃ。私が支払うって言ったのに」


 ゴパルが視線を、店の外から協会長に戻した。

「今までも、微生物資材を使っていたようですね。KLに興味を抱いてくださったのは、国産だからですか?」

 協会長が口元を緩めた。

「そうですね。理由の一つは、クレームをつけやすいという点でしょうね。他の資材は、全て海外からの輸入品ですので、文句がなかなか言えないのですよ」

 目が点になっているゴパルに微笑んで、協会長が席を立った。

「さて、我々も宿に戻りましょうか。それとも、他にどこか観光したい場所がありますか? 夕方までには、まだ時間がありますよ」


 ゴパルも続いて席を立って、軽く背伸びをした。

「そうですね。では、明日からの山歩きの無事を祈願したいので、寺院に参拝へ行こうかな」

 協会長が、一重まぶたの黒い瞳を細める。

「であれば、ポカラで最も有名なビンダバシニ寺院が良いでしょうね。仏教の寺は、馴染みが無いでしょうし」

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