カンキツグリーニング病
この病気は、ミカンキジラミが媒介する細菌によって感染発病する。症状としては、葉の色が黄緑色から黄色に変色し、最終的には枯死してしまう。これも、小麦の病気と同じく、農薬を使った治療方法は無い。
現在では世界中の研究機関が連携して、これらの病気の克服を探っている状況だ。現状では、耐病性の遺伝子を、他の作物から見つけて組み込んだり、研究者が人工的に作成して組み込んだりする手法が盛んに用いられている。そして、実際に克服されつつあった。
そのような話をゴパルがする。しかし、カルパナの表情からは、憂いと不安が残ったままだ。協会長も、同様の表情をしている。紅茶を一口すすってから、協会長がゴパルに瞳を向けた。
「間もなく、これらの病気が克服されると、私も農業開発局の局長や指導員から、よく聞きます。政府も、そうなる事を見越して、大きな栽培事業を次々に計画しています。育種学のゴビンダ先生や、国際援助機関の専門家、民間団体や企業も、積極的に関わっているようです」
協会長が、顔を南方向へ向けた。ピザ屋の壁では無く、その向こうを見つめているようだ。
「この近くでは、南のシャンジャ郡で、五百ヘクタールの大規模ミカン栽培事業が始まりました。ですが、私としては、不安の方が大きいですね」
カルパナも、協会長の不安に同意する。同じように、ゴパルにパッチリした瞳を向けた。
「病気の流行地域も、毎年広がっています。今までは標高千メートル以下での流行だったのですが、今では二千メートル以下の果樹園にも広がっています。これ以上の標高では、冬に霜や雪があります。ミカンが栽培できないのです」
ゴパルが、再び頭をかいた。
「そうですよね。先進国でしたら、ハウスで加温栽培できますが……燃料不足が毎年起きる状況では難しいでしょうね」
カルパナが、憂いの表情を浮かべたままで、一口紅茶をすすった。
「アンナプルナ連峰は、他の地域に比べて自然保護をしてきましたが、やはり、環境破壊のせいでしょうか。ポカラの土地神様はドゥルガ神です。ですが、この女神様は時々、殺戮の女神カーリー様に変身なされます。ポカラでは、この両方の神様を丁重に祀っているのですが……隠者様も危惧なされています」
……まあ、寺院でお参りを続けても、これらの病気には大して効果的ではないだろう、と思うゴパル。しかし、ゴパルもヒンズー教徒シバ派なので、特に指摘はしなかった。
「今は、病気の克服を信じるしか無いと思いますよ。私ができる事は、事業の技術支援をする程度です」
そして、紅茶を一口すすった。
「微生物学の見地から言うと、この土地の土着微生物が弱っている面もあるかと思います。元々、沼沢が多くて、人があまり住んでいなかった場所ですからね。ここ数十年の環境変化は、土着微生物にとって、かなりの衝撃だったはずです」
カルパナが大きくうなずいた。一方の協会長は、微妙な表情になる。ゴパルが話を続けた。
「ですので、土着微生物を強化してあげれば良いかと。ポカラはミカンの産地でしたから、良い効果が期待できると思いますよ。小麦は残念ながら違いますけど、品種と栽培方法を工夫すれば、良い方向へ向かうはずです」
小麦は乾燥地に適した作物である。ネパール屈指の雨量があるポカラでは、栽培時期の移動等で工夫する必要がある。
カルパナがゴパルの顔をじっと見つめた。
「土壌微生物を強化する資材が、ゴパル先生が開発したKLなのですね?」
ゴパルが口元を緩めて頭をかいた。
「私は、ただの助手ですよ。クシュ教授の指揮の下で、開発を手伝っただけです」




