食後のチーズ
子鳩の皿が下げられて、チーズが二切れ出てきた。
ゴパルには、カマンベールチーズと、それより白い色をした山羊チーズだ。
一方の協会長には、溶けかけの薄いオレンジ色をしたチーズと、灰色で白い粉が吹いているチーズが追加で出されている。
ゴパルが、恐る恐るカマンベールチーズを口に運ぶ。市販の物よりも、はるかに柔らかい。まだ残っていた赤ワイン二つで、飲み比べを続けながら食べる。
ゴパルの表情から、警戒の色が消えた。
「……お。アンモニアや、若干の硫化水素臭もしますけれど、美味しいですね。赤ワインを一緒に飲むと、より風味が深まるというか、何というか。良い感じです。国産ワインとも、これは合いますね」
そして、納得した表情になった。
「光合成細菌の臭いに似ていると、サビーナさんが仰っていましたが、なるほど、確かに似ています」
サビーナが、困ったような表情になって、口元を緩めた。
「全く同じ臭いではないけれどね。熟成チーズも、欧州では毎年、食中毒にかかる人が出るから、注意して扱っているわよ。こういった会員制レストラン以外の店では、出せないわね。あたしや給仕長による管理が、行き届かなくなるから」
そうなんだ、と目を点にして聞くゴパルであった。一応、KL製造会社の名誉のために、一言添える。
「光合成細菌それ自体は、悪臭はしませんよ。マンゴのような果実臭がします。ですが、KLに混ぜる際に、様々な菌と関わってしまい、変な臭いが出てしまいますね」
そして、真面目な表情になって、サビーナと協会長を見た。
「初めて食べましたが、美味しいですね。少し、感動しています」
協会長が、アバヤ医師達と目配せをして、満足そうに口元を緩めた。どうやら、同士だと認めてもらえたらしい。協会長がゴパルに微笑んだ。
「熟成チーズを好む人は、少ないのですよ。臭いや口当たりを嫌う方が、女性を中心にして多いですからね。男女同伴で来店する方ばかりですから、どうしても煙たがられます」
そして、一重まぶたの目をキラリと輝かせた。
「ゴパル先生は、幸運でしたよ。その白いチーズは、山羊乳から作られていますが、そろそろ今年の製造が終了する時分です。熟成チーズは別ですが、次回は来年の西欧太陽暦の四月に入らないと、食べる機会がありません」
アバヤ医師達も、嬉しそうにゴパルを見ている。アバヤ夫人と、サビーナは軽いジト目になって苦笑しているが。
「チーズ秘密結社への入会を認めてあげよう。まあでも、これらの熟成チーズは、全て欧州からの輸入品でな。レカ嬢には、さっさと作れと急かしておる。低温蔵で、こういった熟成チーズを研究してくれると、我々としては嬉しいぞ」
ゴパルが曖昧な笑みを浮かべた。
(なるほど、私をここへ呼んだ理由の一つは、これだったか)
「そうですね。低温蔵でも熟成チーズを研究する予定ですよ。ご要望のチーズがあれば、メール等で知らせてください。全部に応える事は難しいですが、努力してみます」
おお……と、小さなどよめきが起こった。一方、サビーナは肩をすくめて、口元を緩めながら厨房へ戻っていく。
「やれやれ、ゴパル君も、チーズ好きの道に踏み込んだか。泥沼の道だから、注意しなさい」




