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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
氷河には氷があるよね編
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雑談中

 ゴパルと協会長がスープを飲み終えて、一息ついた頃合いを見計らって、空になったスープ皿が引き取られていく。

 同時に、発泡水が継ぎ足され、口直し用の小さなパンが二個ずつ小皿で供された。さらに、次のパスタ用のフォークとスプーンが、テーブルに置かれる。

 給仕長が一言添えた。

「スープの味付けは、いかがでしたか? 量は足りましたでしょうか?」

 ゴパルが垂れ目を細めてうなずいた。

「疲れていたので、ちょうど良い塩加減でした。量も、このくらいが良いですね」

 給仕長が、一重まぶたの目を細めた。

「それは、良うございました。スープのお代わりもできますが、いかがいたしますか?」

 ゴパルが、少しの間考えて、軽く右手を振った。

「いえ。スープでお腹が一杯になると、後に続く料理を、美味しく食べる事ができなくなります。名残惜しいですが、スープはここで断念しますよ」


 給仕長が一礼して、厨房へ戻っていく。入れ替わるように、他の給仕スタッフが、アバヤ医師のテーブルにやって来て、数秒間ほど話してからスープ皿を引き上げた。

 見ると、他のテーブルでも、別の給仕スタッフが水を継ぎ足したり、小皿を取り換えたりしている。

 協会長がゴパルに説明してくれた。

「テーブルごとに、給仕が担当するシステムなのですよ。客席全体の統括は、ギリラズ給仕長が担当しています。私達の担当は、給仕長のようですね」

 ゴパルが納得した様子でうなずいた。小さなパンにバターを塗って、口に放り込む。

「という事は、お願いをする際には、他の給仕スタッフでは無くて、直接、給仕長にすれば良いのですね。あ、このパンとバター、美味しいな。まともな小麦の味がします。バターも、まともな香りだ」


 レストランでは、給仕スタッフは、客と給仕長との間を取り持つメッセンジャー的な立場である。客が何か頼む際には、給仕スタッフを介して、給仕長や給仕班長を呼んでもらう事が一般的だ。

 なので、ゴパルの認識は、少し間違っているのだが、協会長は微笑んだままで指摘していない。なお、日本のレストランでは、給仕スタッフが直接、客の要求を聞く店が多い。

「パンは種類が多いですし、設備投資も結構かかりますね。ですので、ホテル協会の加盟レストランで、一括してパンを焼いていますよ。レストラン向けは、欧州から輸入したパン用やピザ用の小麦粉を、複数使用しています」

 協会長が、軽く肩をすくめて見せた。

「ピザ屋では、残念ながらコストを抑えないといけませんので、汎用小麦粉になってしまいますが」


 汎用小麦粉というのは、米国で開発された遺伝子組み換え小麦から作られたものだ。

 赤サビ病と、いもち病の両方に耐性があり、さらに除草剤にも耐性がある品種だ。最近では肥料が少なくても収穫できるように、光合成能力を向上させた品種も出回っているらしい。

 小麦の遺伝子には、これらの病気に対する抵抗性が元々無かったために、雑草等から得た遺伝子を組み込んでいる。さらには、遺伝子を装飾する部位にも手を加えて、風味や加工し易さ等を改変している品種も多い。


 ゴパルがパンを全て口の中に放り込んで、発泡水を飲みながら、目を軽く閉じた。

「それって、キメラですよねえ……しかし、そうしないと、作物疫病で餓死者が大量発生するのは確実です。美味しい本物食材を食べるのは、お金持ちの道楽になりつつありますね」

 キメラというのは、ファンタジー作品では有名な、合成生物の総称だ。有名な例では、エジプトのスフィンクスが、それに相当する。汎用小麦粉は、小麦と雑草の合成というのを、キメラに例えたのだろう。

 協会長が、隣のテーブルのアバヤ医師達と軽く目配せをしてから、ゴパルに視線を戻した。

「その米国や欧州では、汎用小麦粉は使われていませんけれどね。不味いですし」


 病気が発生していない国は、清浄国と呼ばれていて、欧州や米国等がある。それらの国では、伝統的な小麦を栽培していて、国内消費している。汎用小麦粉は、もっぱら途上国向けの輸出品だ。これを、人道支援の名の下に、安い価格で輸出している。

 ネパールで食べる小麦粉を使った食品のほとんど全てが、この汎用小麦粉を使用している。その状況では、ネパール国内の食糧安全保障が不安定化するので、現在は、品種改良して耐病性を強化した、小麦品種の栽培が推し進められている。

 ただ、味は今ひとつなので、こうして欧米から伝統的な品種の小麦粉を輸入しているのが現状だ。

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