冷製ポタージュスープ
続いて、給仕長が前菜を運んできた。
「冷たいスープを、ご用意いたしました。ウズラの卵入りの冷製ポタージュスープです」
ウズラのポーチドエッグが一個、スープに浮かんでいる。
カルパナと一緒に、バイクで駆け回ったので、そういえば喉が渇いていた。今になって気がつくゴパルである。雨期の終わりとはいえ、今は八月だ。薄日が差している天気なので、気温も上がり始めていた。
無音で一口すすって、ほっと一息つく。音を立ててスープをすする文化は、ネパールには無いので、見た目は上品に見える。文字通り、『とってつけた』ネクタイを締めているゴパルであっても。
「冷たさが心地よいですね。ウズラの卵もポカラ産なのですか?」
ゴパルが給仕長に聞く。給仕長の一重まぶたの細い目が、さらに細くなった。
「左様ですね。ポカラ盆地の東端にある養鶏場で、飼育されておりますよ。野菜も全て地元産です」
さらにスープを口に含んだゴパルが、うなずいた。
「雨期の野菜らしく、控えめな風味ですね。バイクで走った後の疲れた体に、良く合います。春野菜や秋野菜のように強い風味でしたら、口の中が驚いてしまう所です」
アバヤ医師夫妻が、興味深そうにゴパルの感想を聞いている。
「ほ。そんな感想を言う客は、あまり居ないな」
協会長も、静かにスープを口に運びながら、興味深そうにゴパルを眺めていた。レストランでは、音楽を流していないので、遠くでバスが通る音がかすかに聞こえる。
「学者の先生とは、私もこれまで何度もランチを共にしていますが、面白い方が多いですね。私には無い視点を、お持ちの方が見受けられます」
そして、ゴパルに聞いてきた。
「ゴパル先生。この後は、トマトソースのパスタですが、白ワインを頼みましょうか? それとも、このまま発泡水を続けますか?」
ゴパルがスープを飲み終えて、リネンの布ナプキンで軽く口元を拭きながら、肩をすくめた。
「発泡水のままでお願いします。首都に戻りましたら、そのまま研究室へ報告に向かいます。酔っぱらった状態ですと、クシュ教授に叱られてしまいますよ」
協会長が、穏やかに微笑んだ。彼もスープを飲み終えて、布ナプキンで口元を拭いた。
「大学の先生によって、異なるのですねえ。では、このまま発泡水にしましょう」
チラリと視線を、給仕長へ向けた。厨房へ続くドアのそばで、静かに立っている。彼も穏やかな表情のままで、無言でうなずいた。そのまま、流れるような所作で、厨房へ入っていく。




