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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
氷河には氷があるよね編
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行商人

 ゴパルも、ビシュヌ番頭との話に集中していたので、チヤを手に取って飲み干した。少し冷えてしまい、チヤの表面に膜が張ってしまっていた。

「では、農場へ……」

 ゴパルが言いかけた時、店の外から大声が割り込んできた。

「ヘェー菓子っ! 菓子、菓子、かーしっ」

 ヒンズー語訛りのネパール語で、天秤棒を担いだ一人のインド人が、店の前に歩いてきた。袋菓子を満載している。

 よく日焼けした顔で、色落ちした半袖シャツにジーンズ姿、すり減らしたサンダルを履いている。そして、北部インド人特有の、攻撃ビームを目から放ちそうな視線を、店内に向けた。


 ゴパルが、大音声を食らって顔をしかめる。

「物売りですか……」

 ビシュヌ番頭も、同じような表情になってうなずいた。

「そうですね」

 カルパナも、突然の大音量を食らってしまい、目が点になっていた。が、その物売りの周りに、見知った顔を認めて、我に返ったようだ。

「あら。アンジャナちゃん、ディーパちゃん、ラクチミちゃん。どうしたの?」


 三人の女の子は、十歳くらいで、身長は百三十五から百四十センチか。今テレビで放映中の、インド製ドラマの主題歌を歌って踊っている。ちょこちょこ動いて、可愛らしい。

 ビシュヌ番頭が、ゴパルに紹介した。

「アンジャナは、スバシュの娘です。ディーパは、ナウダンダの農家のプラバットの娘です。ラクチミは、チャパコットの農家のケシャブの娘です。小学校をズル休みして遊んでましたね、この不良娘は」

 アンジャナが両手両足をパタパタさせながら、早口で反論してきた。

「先生がズル休みしてるんだもん! どーすんのよ」

 先生が無断欠席するのは、私立学校でも起きる事だったりする。特に、田舎の公立校では、たびたび起きる。

 そして、『どーすんのよ』というのは、ネパール人が二言目には使う常套句だ。

 カルパナとビシュヌ番頭が、またか……と言いたげに、顔を見交わした。ゴパルも、よくあるよね……という、諦めの表情だ。


 しかし、この三人の小学生娘は、同情や説教は望んでいないらしい。カルパナに向かって、一番背の高いディーパが、気の抜けた大声を上げた。背が高いといっても、百四十センチしかないが。

「お菓子、買ってー。買って、買ってー!」

 たちまち、他の二人の小学生も声を合わせて騒ぎ始めた。

「お菓子、買ってー。買って、買ってー!」

 アンジャナは再び踊り始め、三人目のラクチミはケラケラ笑いだした。かなり騒々しくなっていく。

 しかし、三人の小学生娘の中央に立っているインド人の菓子売りは、微動だにしていない。顔も大真面目なままだ。さらには、両目からビームでも放ちそうな程の強い視線を、その出力を上げて、カルパナに向けてきた。


 カルパナが肩を落として、微笑んだ。

「分かりました。それで、何を買って欲しいの?」

 やったー! と手足を振り回して、勝利の踊りを始める三人の小学生娘だ。

 ビシュヌ番頭が、一言だけ告げた。

「日に当たるとボロボロになる袋だから、日陰にある袋にしなさい」

 早速、三人の小学生娘が選んだ一袋を、カルパナが買った。それを代表のアンジャナに渡す。

「食べ終わったら、袋はゴミ箱に捨てるのよ」

 うきゃー!

 超音波の領域が混じった、高音の声で騒ぎながら、サランコットの丘の斜面を駆け上がっていく三人の小学生娘だ。カルパナが見送りながら、ゴパルに説明した。

「上に、小さな鞍状の尾根があります。小さな広場なのですが、そこにほこらが建っています。ピクニックで、よく使われる場所なのですよ」

 カルパナ種苗店からでは、見上げても見えないが、地元民が言うので、そうなのだろう。

 インド人の菓子売りは、何事も無かったかのように、真面目な顔のままで歩いて去って行った。再び、大音量で、菓子を連呼しながら。

 カルパナが、振り返ってゴパルに微笑んだ。

「お待たせしました。では、農場を巡回しましょうか。まずは、冬トマトの育苗ハウスからですね」

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