ビシュヌ番頭の雑談
このパメは、交通の要所でもあると、ビシュヌ番頭が話を続けた。集落自体は小さいのだが、ここには農業開発事務所と、畜産開発事務所の支所がある。ちょうどフェワ湖の最深部に位置するので、ここから様々な道が伸びているらしい。
フェワ湖に注ぐ川に架かった橋を渡って南へ行くと、チャパコットに入り、さらに進むとシャンジャ郡に繋がる。シャンジャ郡は全域が山間地だが、コーヒーの一大産地だ。さらに進むとテライ地域の大平原に出て、ブトワルという大きな町と、釈尊ブッダの生誕地がある。その向こうはインドだ。
一方、パメから西へ川沿いに上ると、ナウダンダに着く。さらに進むと、ゴパルが旅したアンナプルナ連峰に至り、ジョムソンへの旧交易路に接続する。
ビシュヌ番頭が、少々自慢げな口調になった。
「レイクサイドやダムサイド、ポカラ市街や旧市街へも、近いですね。近郊農業をする上では、良い立地です。ゼネストや燃料不足が起きても、人力車や、電気自転車で出荷できますし」
ゼネストは、ゼネラル・ストライキの略称で、郡単位で自動車の通行が全て不可能になる。主催は共産党系や、民族系の政党や団体である事が多い。
この他に、大学の学生運動団体や、トラック組合、ガソリンスタンド組合等も、大規模なストライキを起こす。そのたびに、交通がマヒして物流が停滞してしまうのだ。
これは、生鮮食品を扱う農家や、畜産農家に養殖場にとっては、大迷惑である。そんな時にも、人力車や自転車は通行できるので、野菜や花卉の出荷が可能なのだろう。
ビシュヌ番頭が、カルパナの仕事の進み具合を見ながら、話を続けた。さらに、もう一組の買い物客の相談に乗って、花の苗を売っている。ゴパルは花に疎いのだが、この花は分かった。
「ネパールのデンファレですね、それ」
草丈が五十センチほどに達する、ネパール原産のランである。花は白い花弁で、中央が黄色い。レンガ色の植木鉢に、木片等を詰めて、それに着生させている。
ビシュヌ番頭が、ニコニコ笑顔でランを受け取った客に礼を述べて、ゴパルに振り返った。
「詳しいですね。はい、デンファレ・フォーモサムです。そろそろ花が咲き終わる時期ですので、安売りを始めているのですよ。デンファレにしては、少々地味な花ですので、あまり高くは売れませんね」
そして、話題を元に戻した。
「今回のKL培養液を使った、野菜や小麦の栽培試験では、パメの段々畑を、二十ロパニ準備してあります。用水も、サランコットの丘の沢水を、コンクリート製のタンクに溜めて使えますよ」
ロパニというのは、ネパール山間地で使われる土地の広さの単位だ。一ロパニは、おおよそ五百平方メートルに換算できる。
ふむふむ、とスマホに情報を入力するゴパル。冷静に入力しているので、ビシュヌ番頭の切れ長の細目が、キラリと光った。普通は、いきなり一ヘクタールもの土地が使えると聞けば、様々な反応を見せるものなのだが。
事実、これまでの微生物資材を売り込んできた会社営業や、援助団体は、態度が突如変貌したものだったらしい。結局、彼らの商品や技術は、全て頓挫してしまい、今に至っている。
(今回は、期待が持てるかもしれませんね。隠者様のお告げ通りになるかも)
そして、もう一つ、ゴパルに提案してみる気になったようだ。コホンと小さく咳払いをした。




