カルパナ到着
ゴパルが朝食を食べ終えて、部屋に戻り、着替えていると、ホテルのフロントから電話がかかってきた。
「カルパナさんが、お越しになりました」
八時ちょっと過ぎなので、感心する。そして、改めて衣服を確かめた。
「こんなもので構わないかな」
半袖シャツに、ゆったりした裁断のズボンの姿である。サンダルは持ってきていないので、化繊の靴下に軽登山靴だ。帽子を被ろうとしたが、止めた。
「バイクの二人乗りだしね。止めておこう」
カルパナは、ルネサンスホテルの外で、バイクに乗って待っていた。バイクは、昨日乗っていたオレンジ色の百二十五CCだ。ゴパルの姿を見つけて、合掌して挨拶する。
「おはようございます、ゴパル先生」
カルパナの服装は、昨日のサルワールカミーズの野良着版だった。なので、サンダル履きである。ストールも簡素なもので、長袖シャツはズボンと共に、かなり色落ちした生地である。
そのせいで、全体に白っぽい印象だ。土汚れ等もシミのように残っている。
しかし、ゴパルも似た様な服装なので、普通に笑顔で合掌して、挨拶を交わした。
「おはようございます、カルパナさん。今日は、よろしくお願いしますね。朝食は、もう済みましたか?」
カルパナがクスリと微笑んだ。今日はフルフェイスのヘルメットでは無く、耳を覆うヘルメット型なので、顔がよく見えている。もちろん、化粧等はしていない。
長髪なので、ヘルメットから、軽く束ねられた黒髪が尻尾のように伸びている。
「はい。農家ですから、日の出前に済ませていますよ」
この場合、チヤとクッキーくらいの軽いものだ。食事は、十時ごろに摂るのが習慣である。ちなみにオヤツは午後三時頃になり、夕食は夜の七時くらいになる。
(私と一緒に農場を見回ってから、お昼前くらいに食事を摂るのかな)
そのような事を考えながら、ゴパルがバイクの荷台に乗った。一応、座布団らしきクッションが、荷台に固定されている。
荷台は座席の後ろにあり、ちょうど後輪の真上に設置されている。丈夫で分厚い柵を、水平に倒したような形状だ。
ゴパルは身長が百七十センチあるのだが、それでも、荷台の幅が広すぎて、両足の先が宙に浮く。
カルパナが先にバイクに乗っているので、ゴパルが荷台に座ってもバイクは倒れない。それでも、ゴパルは太っているので、申し訳なく感じている様子だ。
「すいません、カルパナさん。私は体重があるので、バイクの運転に支障が出ますよね」
そう言って、カルパナから受け取った、両耳を覆う形式のヘルメットを頭に被る。
当のカルパナは、ただ微笑むばかりである。
「大丈夫ですよ。いつも、このバイクで肥料袋を運んでいますから。百キロまででしたら、余裕です。それよりも……」
ヘルメットのサンバイザーを下ろしたカルパナが、振り返ってゴパルに謝った。
「すいません、ゴパル先生。座りにくいですよね。ですが、車では少々、不便な場所でして」
ゴパルが、微笑んで右手を軽く振った。
「いえいえ。悪路は慣れていますから、お気遣い無く。では、参りましょうか」
カルパナも、ほっとした表情になった。
正直なところ、彼女は結構な美人に分類されるのだろうな、と思うゴパルである。
大学には、寝不足で不摂生で、顔が青白い人しか居ないものだ。
こういった小麦色に、健康的に日焼けした人を見るのは、楽しい。日の出前に毎日規則正しく起きている人も、大学では珍しい部類に入る。まず、メガネの猫背ではないのが素晴らしい。
惜しむらくは、野良作業をよくしているのか、化粧っ気が無い点だろうか。手足の指先にマニキュアを塗るのが、普通のおしゃれなのだが、これもしていない。
そういえば、サビーナとレカも、化粧をしていなかったなあ、と思い起こす。そもそも、サンダルでバイクに乗る事、それ自体が豪快だ。ドヤ顔で命令口調のサビーナですら、スクーター乗りなのだが。
しかし、その後で少しの間、両手をパタパタさせるゴパルであった。
バイクの後部に乗る人は、普通は前の運転者の腰骨の辺りを持ったりする。カルパナは若い女性なので、そういう事は遠慮した方が賢明だろう。
ましてや、学生連中がやっているように、運転者に後ろから抱きつくような事は無理だ。
ゴパルが女であれば、荷台に横座りして、両手で荷台を持てば良い。しかし、男なので、これも不自然だ。
色々と考えたあげく、荷台の最後部を両手で持つ事にした。
「では、出発しますね、ゴパル先生」
バイクのアクセルを開けて、急発進するカルパナであった。危うく、バイクから弾き出されそうになる。荷台を両手で持っていなければ、今頃は路面に転がっていただろうな、と思うゴパルであった。




