トマトの調達
アバヤ医師が、口を挟んできた。
「トマトであれば、イタリアや米国等から、ホールトマト缶や、瓶を輸入すれば良いんだがね。問題は、使用済みの缶や、瓶の処理に困る点だな。ゴミの量が増えると、それだけで、ワシら富裕層が怒る」
ホールトマトというのは、洗って軽く加工処理したトマトを、缶や瓶に入れて、長期保存できるようにしたものだ。
協会長が腕組みをして小さく呻いた。
「それですよね……政府からも、ホテル協会はゴミを可能な限り減らすようにと、命令を受けています。現状の埋め立て方式では無く、焼却方式が採用されれば良いのですが。もちろん、リサイクル処理ができる範囲内で、ホールトマト缶や瓶を輸入していますよ」
サビーナが続いて説明した。彼女もオムレツに手を付けている。
「新鮮なトマトは、サラダの具材として、ちょっと使う分には問題ないのよ。だけど、料理のダシやソースとして使うとなると、本当に大量のトマトが必要になるわね」
サビーナが小さく肩をすくめた。
「あたしも、輸入のホールトマトを、大量に使っているけれど……ゴミ問題がね。生分解性のプラスチック容器入りのもあるんだけど、分解しやすいから長期保存ができないのよね」
オムレツを一口食べる。味の方は、及第点ギリギリだったようだ。少し機嫌が悪くなった。
「そもそも、トマトに溶けたプラスチックが混じるなんて、あたしが許さないわ。そんなだから、輸入ホールトマトを使うほどに、政府から怒られるのよ。アバヤさんみたいな富裕層からも、怒られてしまうわね」
アバヤ医師達が、当然とばかりに、ふんぞり返った。
「そりゃそうだな。ゴミだらけにされては、観光地ポカラの名に傷がつく。リサイクルなんて、名ばかりの慈善事業だしな」
ゴパルが遠い目になった。
(それじゃあ、首都はどうなるんだろう? バクタプール市でも、ゴミ問題で大騒ぎしているなあ……飲み水の容器は、確か生分解性だったはずだけど、まあ、確かに溶けたプラスチックが飲み水に混じるのは、ちょっと考えるか……)
実際は、プラスチックが炭酸ガスに分解されるので無害なのだが、心理的には良くない。それに、保存中に液漏れしてしまうと、トマトなので大変だ。
サビーナが、再び肩をすくめた。
「まあ、玉ネギほどじゃ無いけど。現状では、さっきも言ったけれど、新鮮トマトが不足しているわね。政府から怒られないためには、トマトの現地生産が不可欠。だけど、現状ではピザ屋と、会員制レストランの需要しか満たせないのよ」
余談だが、玉ネギ不足になると、インドでは暴動が起きるほどになる。トマトどころの騒ぎではない。
カルパナがスープを一口すすって、憂いの笑みを浮かべた。
「ポカラは、ネパールでも屈指の、大雨が降る地域です。トマト栽培には厳しい気候で、赤くなりにくいですし、病害虫も招きやすいのですよ。自家採種や、ハウス栽培もしていますが、それでも難しいですね」
自家採種と聞いて、ゴパルが垂れ目を輝かせた。
「自家採種ですか。良いですね。在来種の保存は、微生物学研究室としても大賛成ですよ。固有の微生物が付着している事がありますので」
カルパナが微笑んでから、軽く肩をすくめた。
「必要に迫られて、という面もありますよ。有機認証では、遺伝子をいじって品種改良された野菜は、なかなか認めてもらえません。他の野菜や雑草と交配した、交配種も厳しいですね。在来種を自家採種して、産地で地道に育てないと、認証が下りません」
レカの細く垂れた黒褐色の瞳が、キラリと輝いた。
「酪農は交配種ばかりだけどねー。牛さんって、ほとんど、牛乳製造機みたいになってるー。わたし達が、つきっきりで世話をしないと、あっという間に体調を崩してしまうわねー」
やや早口で、スラスラと話すレカである。こういった専門分野の話になると、あがり症は出ないようだ。それでも、最後の方では「ぐぎゃうぎゃ」とか言って、挙動不審になってしまったが。
ゴパルも農学部の人間なので、レカの話は理解できている様子だ。
「なるほど。ラビン協会長さんの話では、ポカラと周辺のホテルやレストランの数が、今後大きく増えるという事でしたね。外国人観光客も増えるでしょうが、協会長さんの考えでは、地元ポカラや、首都のネパール人客を重視する計画だと聞きました。食材の地元調達は重要になりますね。有機肥料や堆肥の増産は急務だと、私も思います」




