ジヌー温泉ホテル
ゴパルの声に、すぐに四十代後半の骨太で筋肉質な中年オヤジが、調理場から顔を出した。
やはりグルン族で、一重まぶただ。太くて短い眉毛と、分厚くて大きい手は、アンナキャンプの民宿ナングロのオヤジ、アルビンと共通している。その大きな手を、ゴパルに軽く振って挨拶してきた。
「お、来たか。泥道の中を、ご苦労さん。ここのオーナーのアルジュンだ。部屋はチャイ、用意してあるぜ」
その部屋は、ガンドルンの民宿ローディと似た様な造りだった。洗面所には電熱ヒータータンクが設置されているので、早速スイッチを入れる。滑らかな石畳の床なのだが、清潔なので靴を脱いでも大丈夫のようだ。
ベッドも丈夫なもので、腰を掛けても、横木が外れて床に落ちる心配は無さそうである。窓も比較的大きい。
嬉しい事に、窓と扉には、網戸が付いていた。蚊やハエの煩わしさとは無縁で眠る事ができる。
ちなみに、ここジヌー温泉は標高千七百メートルなので、マラリアやデング熱にかかる恐れは少ない。
部屋にテレビは無いが、コンセントがあるので仕事はできそうだ。小さな金庫が、部屋の隅に備えつけられているのだが、やはり心配なので使わない事にするゴパルであった。
部屋の奥には、物干し用のロープが渡されている。衣装棚も一つある。他には、イスと机。照明は発光ダイオードの白色光だった。
アルジュンが物干しロープを引っ張って、ゴパルに聞く。
「どうすかナ? ここへ来る客は、だいたいが泥汚れしてて、洗濯物が溜まってる状態なんすよ。洗濯はチャイ、俺に申し出てくだせえ。順番に洗っておくっす。ハエ取り紙と、蚊取り線香もありますぜ」
ゴパルがリュックサックを下ろして、軽く首と肩を回した。
「分かりました。洗濯物は、後でお願いしますね。アンナキャンプに吹雪で缶詰状態になっていた間に、洗濯をしたので、それほど多くはありませんよ。それと、ハエ取り紙と蚊取り線香は、一晩分だけお願いします」
もちろん、殺虫成分を染み込ませたマットや、液体薬剤を使った電熱式の殺蚊器も、ネパールで普及している。しかし、蚊に薬剤耐性が付いてしまったらしく、あまり効果が出ない状況になっていた。
結局、煙による蚊除けが、一番効果がある。ハエについても同様で、ハエ取り紙が最も効率良い。
部屋の鍵を受け取ったゴパルが、アルジュンに聞いてみた。
「温泉ですが、どこにありますか?」
アルジュンが、アゴを軽くしゃくって、温泉がある方向を指し示した。
「ウ~チョ。すぐそこだよ」




