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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
氷河には氷があるよね編
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下山

 翌日は、期待通りに嵐が止んでいた。相変わらず雲が立ち込めているが、積雪量も大した事は無く、下山するには支障無いようだ。

 部屋の外に出て、ほっとするゴパルである。夜明け前だ。背伸びをして、大あくびをしている。昨晩は、暇を持て余して、スマホで何かのゲームをしてしまっていた。

「一日の足止めで済んで良かった。ポカラで、もう一仕事残っているからねえ」


 アルビンが朝食として、即席麺を用意してくれていたので、それを食べて出発する。会計カウンターで会計を済ませ、クレジットカードを財布に入れた。

「本当に便利になったね。現金支払いが減るのは大歓迎ですよ」

 アルビンの連絡先をスマホに登録し、スマホのチャットアプリへの登録を済ませる。

 アルビンもスマホのアプリを使って、ゴパルのカード支払いを受け付け、支払い手続きの完了を確認した。細く短い眉を上下させ、背中まで垂らした、束ねた長髪を振り回した。上機嫌のようだ。

「テレビがよく映らない場所でも、スマホは使えるからなあ。インドの人工衛星のおかげだよ」


 テレビ放送も、もちろん衛星放送のチャンネルがある。実際にネパールでは、衛星放送が百チャンネル以上も受信できる。

 しかし、政府による視聴規制と、タダ見の撲滅のために、デジタル放送は有料になってしまった。

 それを嫌って、民宿等ではデジタル放送の受信をせずに、昔ながらのアナログ電波による放送を受信し続けていた。アナログ放送は、地上波の電波を使っているので、山間地ではノイズが入ってしまうのだが。


 一方でスマホの電波は、インドの人工衛星を使用しているので、山間地でもかなり使える。もちろん、スマホを使って、デジタル放送を受信できるのではあるが、これもまた有料アプリを使うので、嫌われてあまり使われていない。

 ちなみに、ゴパルが使用している、チャット方式の文字データ通信アプリは、無料である。ポカラの工業大学が開発中のアプリで、その実用試験に参加するという名目で、タダで使っているのであった。

 音声と動画も、扱う事ができるのだが、現状では映像がコマ送りになり、音声も途切れがちになるので、使用していない。


 アルビンが、スマホでの電話を終えて、ゴパルに振り返った。

「セヌワのニッキに昼食の電話を入れておいたぜ。パンや牛乳も良い具合みたいだナ。菌の採集かい?」

 ゴパルがリュックサックを背負って、測量ポール杖を持った。服装はダウンジャケットに、レインウェアのズボンを履いた姿だ。

「良い菌が採集できていれば、とても嬉しいですね。昼食の予約をしてくださって、ありがとうございます。今日は、足を延ばして、ジヌー温泉まで行こうかと、考えています」

 ゴパルの決意に、アルビンがニッコリと笑う。

「夕方までには着くさ。膝が痛くなったりする人が多いんで、無理はしない方が良いぜ。ジヌー温泉の民宿には、泊まる予約を入れておいた。その名も、ジヌー温泉ホテル。ニッキの弟が、経営しているんだよ」

 普通に、業者の癒着と、口利きなのだが、気にかけないゴパルであった。

「では、建設認可が正式に降りたら、連絡しますね」


 ザクザクと雪を踏みしめながら、アンナキャンプを後にするゴパル。幸いに、雪は大して積もっておらず、比較的に歩きやすい。

 既に、アンナキャンプの民宿街から、何組かの下山客が先行していたので、足跡がくっきりと残っている。

 スマホを取り出して、障害物の情報を探ってみる。しかし、雪の下に隠れているので、把握できなくなっていた。危惧していた通りだ。

「ガイドさんが案内しているから、彼らの足跡を参考にして、坂を下っていけばいいな」

 実際にガイドは、大岩や草が生えている場所を覚えているようだ。一面の白い雪景色の坂なのだが、上手に危ない場所を迂回して足跡が続いている。

 それでも、時々、岩が転がった跡が付いているが。

 強力隊は、まだ下山していないようだった。サンダルの足跡が見当たらない。


 雲は変わらず低く垂れこめているのだが、先日程では無い。真っ白に凍結した絶壁の根元が、東西南北の全方向に立ちはだかっているのが見える。

「しかし、凄い盆地だな……」

 盆地と呼ぶには、周囲を取り囲んでいる絶壁の高さが半端ないのだが。

 スマホの地形図表示によると、周囲を取り囲む絶壁の高さは、六千から八千メートル級の山ばかりだ。アンナキャンプの標高が四千メートルなので、低い場所でも高さ二千メートルの絶壁という事になる。

 観光情報や、地形図等で知ってはいたのだが、実際に見てみると、とんでもない地形だ。

「天気が晴れると、凄い景色だろうなあ……」


 雪は、マチャキャンプでも積もっていた。チヤを飲もうかと、ふと考えたが、もう少し我慢して先を急ぐ事にするゴパルであった。

「雪が無くなったら、そこでチヤ休憩にすれば良いかな」

 マチャキャンプでは、あちこちの民宿内の食堂で、大勢の欧米人観光客が朝食を摂っている最中だった。若干名のインド人や中国人の姿が見える。天候が回復したので、下山準備を始めている者達も多かった。


 この辺りまで下ると、雲の下に完全に出たので、視界がかなり良くなった。気温も高い。マチャキャンプから下のデオラリ方面へ向けて、既に数組の観光客達が、ガイドに先導されながら下山している。

 その後ろ姿を見ながら、ゴパルも、後を追う事にした。

「人が多いと、それだけで安心できるものだね」

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