ちょっと観光
ゴパルが周囲を見回した。
「そうは言っても、どこも雲だらけですよ。山も今回、全く見れませんでしたし」
アルビンがニヤリと笑った。
「まあな。この時期は仕方がねえ。半月もすれば晴れるんだけどな。氷河の末端部分くらいは、この天気でも見れるぜ。行ってきな」
ゴパルも、氷河と絡めて勧められては考慮するしかない。水道原水の取水場がある氷河まで、上ってみる事になってしまった。
アルビンが民宿街の外れまでゴパルを案内して、丈夫そうな黒いプラスチックパイプを指さした。
「このパイプ伝いに上っていけば良いぞ。時々、落石なんかでパイプが破損して修理するんで、作業道が通ってるんだよ。一本道なんで、方向オンチでも迷わないぜ、ゴパルの旦那」
パイプの直径は、二十センチはある太いモノだった。触ると、パイプが振動している。水が勢いよく流れているのだろう。凍結防止のために、水を滞留させずに常時流している。
山の民の間では、絶えず流れている水は清らかだという価値観がある。そのために、山村の共同水道では、蛇口を付けずに、水を流しっぱなしにする場合が多い。ここも、その考えなのだろう。
ゴパルが、測量ポール杖を手にして南斜面を見上げた。雨雲は、さらに分厚くなっていて、視界は数百メートルも無い。再び小雪がちらつき始めている
こんな氷雪に覆われた岩石ばかりの荒野では、採集できそうな菌やカビも少なそうだ。当然ながら、低いテンションのゴパルである。スマホのバッテリー残量を確かめて、軽く肩を回した。
「では、ちょっと出かけてきます」
黒いパイプ沿いに、岩石が転がる南斜面を上っていく。雪が浅く積もっているのだが、まだ雪が凍りついていないので、歩きやすい。
斜面を吹く風は、かなり巻いていて、ひんぱんに風向きが変わる。それでも、強風と呼べる程ではない。
風には、細かい雪粒が多いのだが、氷粒や大粒の雪も混じっている。
それらが、容赦なくゴパルのレインウェアに当たって、乾いた音を立て続けている。丈夫な粉雪と、例える事ができようか。斜面に降った雪も、風に乗って、再び舞い上がっていく。
パイプは、岩や石に半分埋まっているような状態だ。大きな岩がある場所は、器用に迂回している。
本来は、水道パイプを半地下に埋設するのが良いのだが、岩しか無いので掘れない。そのため、小さな石や岩を集めて、パイプに被せているのだ。
次第に夕方になり、急速に暗くなっていく。それと共に、気温も下がってきた。ゆっくりと上っているのだが、それでも口と鼻の中が痛くなる。
もし、駆けあがって上ろうとすれば、喉まで冷えて咳き込んでしまうだろう。
上っていくと、すぐに雲の中に歩み入ってしまった。視界が一気に、二メートル程度にまで悪化する。
「それでも、エベレスト街道に比べると、湿った空気だな。試しに採集してみるか」
浅い雪に覆われた岩だらけの斜面を、キョロキョロしながら採集場所を物色し始めた。ただし、雲の中なので、黒いパイプが見える範囲に限定しているが。
「んん……結構、雑草が生えているんだな。コケも多い」
良く生長している草やコケを、いくつか採集する。今は、試験管チューブを持ってきていないので、レインウェアのポケットに突っ込んだ。
ちなみに今は、ダウンジャケットの上に、レインウェアを着ている。そのため、中年太り体型が、さらにモコモコになっていた。




