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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
氷河には氷があるよね編
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民宿ナングロの裏手

 アルビンに案内された先は、民宿の裏手の空き地だった。ちょうど、調理場の隣になるのだろう、薪かまどの煙が、民宿の煙突から細くたなびいている。

「どうすかね? ゴパルの旦那。クシュ教授から要求された基準に、合ってると思うんだがよ。低温蔵を作れそうかいナ?」

 満足そうにうなずくゴパルだ。

「良いですね。調理場のかまど熱を利用できそうですよ。水道ですが、これは凍ったりしませんか?」


 アルビンが、アゴに手を当てて考えた。

 彼は身長が百五十五センチほどしかなく、こじんまりとした体型だ。グルン族らしく、一重まぶたで、目が細い。眉毛も細くて短いので、顔の印象が実に、のっぺりしている。

 その反動なのか、黒髪は背中まで伸ばしていて、首の後ろで結んでまとめている。雪焼けなのか、顔が黒く焼けている。

「そうっすね……俺の記憶では、凍った事はないっすね」

 ゴパルが温度計を取り出して、水道水の温度を測る。結構な勢いの水量だ。

「二度か。理想的だな」

 アルビンが、雲で覆われた南の絶壁を見上げた。

「この斜面の上にも氷河があるんすよ。そこから水を引いてるっす。氷が分厚いせいなのか、冬でも凍りませんぜ」


 水道を全開にして、一分間の流量を測定したゴパルが、データをスマホに入力する。

「低温蔵というのは、大きな冷蔵庫や冷凍庫です。ネパールの財産ともいえる、菌やカビ等を保存して研究する場所ですね。首都やポカラで、保管できれば良いのですが、残念ながら停電や、燃料不足の問題がありますので」

 アルビンが腕組みしながら、大きく同意した。

「だな。それじゃあ、低温蔵が完成したら、偉い先生達が大勢ここへ住むのかいナ?」

 ゴパルが肩を少しすくめて微笑んだ。

「そうなれば良いのですが。体力の無い研究者ばかりですから、少数に留まると思います。ですので、ここアンナキャンプの低温蔵は、バックアップ施設ですね。首都で何か起きて、保管していた菌やカビが死んでしまった場合、ここから取り寄せるという形になります」


 ふむふむと聞いているアルビンに、ゴパルがニッコリと笑いかけた。

「それでも、数名がここに、年間を通じて常駐するはずです。ちょっとした研究もするので、ワインやチーズ等の試作品も、提供できると思いますよ。商売ではないので、少量だけですが」

 アルビンの一重まぶたの、細く黒い瞳が、キラリと輝いた。細くて短い眉も、ピコリと跳ね上がる。

「こんなオフシーズン中でも、客が泊まってくれるなら、俺としては大歓迎だよ。宿屋街としても喜ぶ。チーズやワインも、全部消費できるぜ」

 グルン族は酒飲みが多いので、酒目当てに、ここまで上ってくる連中も居るのだろう。

 これは、セヌワ等の民宿からも要望が来るだろうなあ、と想像するゴパルであった。

「低温蔵ですが、やはり温度調整は必要です。菌やカビ、酵素には最適温度がありますので。それで、この冷たい水道水で冷やして、アルビンさんの民宿のかまど熱で温めるという、設計を考えています。冷凍庫には、電気を使う予定ですが、氷温冷凍や冷蔵には、氷河の氷や雪を使いますよ」

 アルビンが、軽く首をかしげた。

「だったら、雪を保管する倉庫も必要だな。乾期になると、アンナキャンプ周辺じゃ、雪が消えてしまうんだよ。雪を探しに、雪渓まで上るのは面倒だぞ」

 なるほど、と納得するゴパルである。

「分かりました。では、今回のように雪が降った際に、集めて保管できるような、断熱倉庫も設計しておきます」


 そう言いながら、アルビンに白赤の縞模様の測量ポールを手渡した。ポールの先端に、手の平サイズの反射板を取りつける。

 次に、ハンドガンのような形状の器械を取り出した。銃口の代わりに、大きなレンズが二つ付いている。

「簡易測量用の、レーザー測量器です」

 測量器にケーブルをノートパソコンに接続する。測量用のソフトを起動させた。最後に、おもりが付いた紐を垂らす。

「さて、土地の面積と形状を測量しましょうか」

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