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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
氷河には氷があるよね編
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マチャキャンプ

 民宿街は、デオラリよりも大規模だった。狭い谷を抜けた所にあり、急に緩やかな雪の荒野が広がる景色に変わっている。

 先程まで、東西から谷を押し潰そうとばかりに迫ってきていた、凍りついた階段状の絶壁は、雪の荒野の向こうに遠ざかっていた。

 浅く積もった雪道を、ザクザクと音を立てて進みながら、周囲を見回す。

「次々に景色が変わっていくんだな。二日前までは、バナナが茂る亜熱帯だったのに」

 とりあえず、チヤが飲みたくなったので、前方の民宿街へ急ぐ。


 民宿の看板を見上げると、『マチャプチャレ ベースキャンプ』という地名だった。アンナプルナ ベースキャンプとは、地名が違う。標高は三千七百メートル。デオラリから五百メートル登ってきた事になる。

 ゴパルが、ため息をついた。

「やはり、高地レクだね。登るのに疲れる。っていうか、昨日の内に、ここまで登るのは無理だったな」

 この宿屋街は、賑わっていた。二階建ての堅牢な石造りの民宿が、十ほど軒を連ねている。散歩をしている外国人観光客の姿が多い。

 水色のトタン屋根の上には、薄っすらと雪が積もっていた。


 民宿の中には、ガンドルンと同じような食堂がある。そこでは、多くの外国人観光客が談笑して、朝食を摂っている姿が見えた。

 数名は、雪山装備で屋外のテーブルに座って、ウィスキーを飲んでいるようだ。多分、国産のウィスキーだろう。安いので、アルコール摂取が効率的にできる優れモノだ。他に国産ラムやウォッカもある。味についてはコメントを控える。

 朝食は、ガンドルンから運んできたピザや、即席麺、オムレツ等だ。品目自体は、デオラリと大差ないのだが、見るからに、ここの民宿の方が美味そうに見える。


 客室の窓からは、湯気が立ち上っている。温水シャワーでも浴びているのだろう。

「……昨日は、デオラリまで着くので精一杯だったからね。道に慣れたら、ここに泊まろう」

 特に、『温水シャワーあり』と書かれている、民宿の看板を見ると、より強く決心してしまう。

 昨日は、体を拭きもせずに眠ってしまったので、髪がベタついているのだ。デオラリでは、電熱ヒータータンクのギーゼルが故障していて、使えなかったせいもある。

 その場合はバケツに、かまどで沸かした湯を入れて、それで体を拭くという事になる。

「そういえば、ここでは、発電をしているって聞いたっけ」

 そう独り言をつぶやきながら、近くの茶店に入った。

 店には、ちょうどオヤジが居て、ゴパルに答えてくれた。聞こえてしまったようだ。

「ミニ水力発電所が、あるんすよ。旦那。ちょっとした砂防ダムがチャイ、ありますんで。チヤにしますか? 食事もできますぜ」

 ゴパルが少し考えてから、頭をかいた。

「デオラリで食べてきたのですが……少し小腹が空いているかな。では、汁麺を一つお願いします。それとチヤを一杯」


 二階建ての民宿内の茶店に入り、テーブルにつくと、すぐにチヤが出されてきた。これも脱脂粉乳を使っているのだが、もう文句は言わない。ここまで、強力隊によって、苦労して運ばれているのを、ゴパル自身の足で以って実感している。

「電力事情も良好のようだね。ここに低温蔵を建てても良いかも」

 しかし、そんなゴパルの期待は、茶店のオヤジが否定してしまった。一仕事が終わったのか、チヤを手にしてゴパルの質問に答えてくれている。

「そりゃあ、無理だな、旦那。ここは、見ての通り、内院の観光拠点なんすよ。電気の割り当てはチャイ、かなり厳しいっす」

 セヌワでも、同じ話を聞いたのだが、やはり落胆するゴパルだ。冷蔵庫一台分程度の、電力割り当て量なのだろう。

 それはそれで重要なのだが、やはり、電力の有効利用という意味では、冷蔵庫並みの野外気温が続く場所である方が望ましい。つまりは、もっと標高の高い場所だ。


 食堂スタッフが、アルミ製の小さなどんぶり容器に入った、具無しの汁麺を持って来た。それを受け取るゴパル。あ、またやってしまった……という表情をしたが、すぐに平常に戻った。

「ありがとう」

 ここには家庭菜園は無いので、具無しになるのは当然だ。そういえば、と食堂の入口に立てかけられている黒板を見る。やはり、野菜入りや卵入り、それにハムやソーセージ入りは、別料金だ。注文時に、それを指定しなかったゴパルが悪い。


 ともあれ、フォークとスプーンを使って、パクパクと完食してしまった。口直しに、脱脂粉乳のチヤをすする。

 茶店には、十数名の欧米人観光客が、セーター姿で寛いでいる。男の客の中には、長袖シャツの軽装も居た。

 他には、インド人や中国人が混じっている。日本人も居るようだ。一週間ほど、ここで滞在する客だろう。

 ゴパルもチヤをすすりながら、何か考えているようだ。スマホの電波も届くようで、周辺の地形図を呼び出して眺めている。

(標高も、ここは三千メートル台か。平均気温も高めだろうなあ。近くには氷河も無いし……やはり、当初の計画の通りに、標高四千メートル台まで登るべきか)

 その旨を、スマホの連絡用アプリを使って、文章で送信する。すぐにクシュ教授と、ラメシュ達から返信が届いた。それを一読して、垂れ目を閉じるゴパルだ。

「はいはい……マチャキャンプは却下ですよね」

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