麦ワラマッシュルームづくり
厩肥づくりは基本的に前回の実験と同じだ。ただ今回は、大豆稈の代わりに麦ワラを使っている。コレをポカラにある乗馬クラブの馬小屋に敷き詰めて馬糞と混和し、KLを散布して厩肥にしたモノを使用する。
このままでは栄養分が足りないので、前回同様にリテパニ酪農産のKL発酵の廃棄牛乳と、牛糞厩肥、米ぬかを加えている。
スバシュが作業員達と一緒に材料を馬糞厩肥に混ぜ合わせながら、ガサガサした黒っぽい牛糞みたいなモノをかけていく。
「前回は糖蜜を使ったのですが、今回は製糖ゴミに変えてみました。こっちの方が安くて繊維も多いんですよ」
サトウキビを搾った汁に石灰を加えて煮詰めると、ゴミが生じる。コレを集めて放置すると、糖蜜と固形物とに分離する。今回は固形物の方を使ってみるという事だった。石灰窒素を一%以上も含んでいるので、キノコの栄養源として使える。
さらにスバシュが液体と粉を追加した。
「ついでに、レカナートの養豚団地産の自家製硫安とリン酸肥料を加えます」
量としては馬糞厩肥四百キロあたり、自家製硫安が七十リットル、リン酸肥料が十二キロという計算になるらしい。かなりの栄養分が追加される事になる。硫安は硫化アンモニウム肥料の通称だ。
ゴパルがスマホで撮影記録を取りながら目を点にした。
「へ? いつの間にそんな事を。あ。ディーパクさんの仕業か」
ニッコリと笑うスバシュだ。
「察しが良いですね、ゴパル先生」
一方のカルパナは微妙な表情をしている。
「自家製とはいっても、二つとも化学肥料なんですよ。せっかく有機肥料だけで厩肥をつくってきたのに、少し残念です」
自家製硫安の作り方は以下のようにしている。
養豚団地で生じる豚糞を厩肥にする際には、空気に曝すと効率が良くなる。豚糞を溜める槽の底面と側面にパイプを多数巡らせて、ガス吸入孔をびっしりと設けておく。吸入孔には目詰まり防止の工夫をしている。
パイプの行き先にはガス吸引用のブロアを設置し、厩肥づくりの槽からガスを吸引していく。これによって気圧差が生じ、厩肥上方の表面から外気が効率よく導入されて豚糞の酸化が進む。吸引したガスは水を入れたタンク内に導入し、通気バーを介して水中に曝気し放出させる。
最初はメタンガスや硫化水素ガスが多いのだが、豚糞の酸化が始まるとアンモニアガスの割合が増えていく。
このアンモニアガスは水に溶けやすいので、アンモニア水が出来上がる。コレに希硫酸を加えると自家製硫安の完成だ。
市販の硫安肥料と比べると肥料成分が薄いのは仕方がないが、化学肥料として十分に使える品質である。
KLと光合成細菌を使うようになってから豚の腸内環境が良くなったようで、豚糞がドロドロ状態ではなくなったらしい。そのため豚糞を厩肥づくり槽に投入しても、隙間が生じて通気性が良いという事だった。
自家製リン酸肥料の作り方は次のようになる。
豚舎の排水には高濃度のリン酸が含まれている。これをペーハー値八から九の間に調整すると、結晶化してストラバイトになる。
結晶化の効率を上げるために、排水の浄化システムに金網を多数いれてみるように工夫したのはディーパク博士だ。以前に、レカがそのように説明してくれていたのだが、すっかり忘れていたようだ。頭をかいて両目を閉じた。
「あー……すいません。忘れていました」
ディーパク博士がさらに効率を上げるために、排水中に塩化マグネシウムを添加していると話すスバシュだ。
ジョムソンでマグネシウムを使った、リサイクル容易な電池開発が進んでいるらしく、そのラインから安く買っているという事だった。
感心するゴパルである。
「塩化マグネシウムは、豆腐の凝固剤としてよく使われるんですが、海水由来なんですよ。なるほど、電池産業の排液の有効利用ですか。工学部らしい考えですね」
浮かれているゴパルとスバシュを見ながら、カルパナが小さくため息をついて微笑んだ。
「環境浄化しながら得られるので、黙認するしかありませんね。レカちゃんは策士だな、もう」
カルパナは養豚団地へはあまり行っていないそうで、レカに任せていると打ち明けた。彼女はバフン階級の司祭持ちの家なので、不浄の動物である豚を飼育している所へ行くにはハードルが少々高いようである。
今日の馬糞厩肥づくりは、混ぜ合わせた材料を水分調整してから木枠の中へ詰め込んで、いったん終了となった。
スバシュが一息ついて汗を拭く。
「後は微生物に頑張ってもらいましょう。この先の作業工程は前回と同じですし、気楽なものですよ」
温度管理をしながら切り返して馬糞厩肥の分解を促し、四週間後に状態を確認する。温度が下がり、悪臭もなく、白いカビが生えていれば完成だ。
マッシュルームの種菌を接種して、育苗土を被せる。順調に進めば、さらに六週間後からマッシュルームの収穫が期待できる。
カルパナがゴパルに聞いてみた。
「ゴパル先生。マッシュルーム栽培ですが、前回との大きな違いは大豆稈を麦ワラに切り替えたという点ですよね。それでキノコの風味が変わるのでしょうか」
ゴパルが頭をかいて呻いた。
「うーん……実際に試食してみないと分からないと思います。化学肥料も今回使っていますから、多少は違うかも」
カルパナがスバシュと顔を見合わせて、クスクス笑った。機嫌も良くなった様子である。
「そうですね。試食に期待しましょう。そろそろブトワルへ向かいましょうか。途中のプラガティナガルでシャムさんが待っていると、先程チャットが届きました」




