結婚式を終えて その一
ビュッフェ形式なので寺院の階段を下りて前庭に出る。そのまま、サビーナとブミカが指揮をしている一角へ行くゴパルとカルパナだ。
バフン階級なので、こういった式の際に出される料理はベジタリアンである。ただし乳製品やハチミツは食べても大丈夫なタイプだ。
ゴパルとカルパナが使い捨ての紙皿に干飯を少し盛ってから、各種の料理を選んで加えていく。ダルは汁物なので別皿に注いでいる。
基本的に全て伝統的なバフン階級のネパール料理なのだが、お菓子類だけは別のようだ。普通にシュークリームとかショートケーキ、プリン等がある。
ブミカが料理の指揮の手を休めて、ゴパルに祝福を述べた。
「ゴパル先生。ご結婚おめでとうございます。肉や酒がなくてすいませんね。参加者が多いのでチューラになってしまいました」
炊飯器が足りないのは仕方がないだろう。二十四時間営業のインドネパール料理屋には大きな業務用の炊飯器がいくつもあるのだが、この店はいつも満員なのでフル稼働中である。
ゴパルが紙皿に盛った料理をブミカに見せながら、穏やかに微笑んだ。
「美味しそうな料理ばかりですよ。スヌワール族の結婚式でも私の所では肉料理は出しませんし」
ブミカが次に花嫁衣裳のカルパナを見て、嬉しそうに目を細めた。
「カルパナ様、おめでとうございます。花嫁衣裳がよく似あっていますよ」
照れているカルパナだ。ブミカがコホンと小さく咳払いをしてから、軽い不満顔に変わった。
「ビュッフェ形式にせずに、伝統的な配膳にしても良かったんですよ。新郎新婦が食事に並ぶのは、少し見た目が悪いような気がします」
普通は、結婚式の当事者と参列者は床に座っていて、配膳係が料理を提供していく形式である。
カルパナが気楽な表情になって微笑んだ。
「でもそうすると、ゴパル先生が確実に食べ過ぎてしまうと思うのよ。アバヤ先生に診てもらう結末は、唐辛子スプレーだけで十分でしょ」
ゴパルが目を泳がせている。
「お腹まわりがようやくマシになってきた段階ですからね……リバウンドして太るのには気をつけないといけませんよね、ははは……」
クスクス笑うブミカとカルパナだ。ブミカが料理の指揮を再開しに、調理場へ戻っていく。
「初めてお会いした時は、本当にブヨブヨしたお腹でしたよね。見違えましたよ。それじゃあ、私はいったん仕事に戻りますね」
ゴパルが自身の腹を見下ろして、不安そうな顔でカルパナに視線を向けた。
「……そんなに太っていましたっけ?」
カルパナがクスクス笑い続けている。
「サビちゃんが怒るくらいには太っていましたよ」
そのサビーナが入れ替わりにやって来た。ジト目ながら口元がかなり緩んでいる。今回もコックコート姿だ。
「聞こえたわよ。まあ実際あの当時、ゴパル君をクズ肉扱いしていた事は事実ね。事実だから反省なんかしないけどさ」
そう言ってから、真面目な笑顔になった。
「色々あったけど、結婚おめでと。レカっちが結婚一番乗りだった時は驚いたけど、カルちゃんの場合は、やっとかー、って感じね」
ジト目をゴパルに向ける。
「普通なら二年前くらいにはもう結婚しててもおかしくなかったんだぞ。それをここまで引き伸ばして……オイ、聞いているのかヘタレ山羊」
思わず背筋をピンと伸ばすゴパルである。
「は、はいっ。母からも何度も言われておりましたです」
がっくりと肩を落とすサビーナだ。その割には口元と目元が穏やかに見えるが。
「やっぱりそうか。ゴパル君のお母さんが来てるけど、めちゃくちゃ嬉しそうにしてるのを見てね……そんな事だろうと思った。この親不孝者が」
ゴパルの目には、父と兄や親戚と一緒になってバッタライ家の人達と熱心に商談をしているようにしか見えないのだが。ちゃっかりと協会長も輪の中に入っている。
カルパナもその商談の場を見て、軽くため息をついた。
「こうなるだろうな、と思ってビュッフェ形式にしたんだよ、サビちゃん。式が終わったのに私達に気がついていないし、もう……」
ケラケラと明るく笑うサビーナだ。カルパナとゴパルの肩をポンポン叩く。
「そりゃ、金欠気味の次男坊と行き遅れ娘の結婚式だし。お祝いムードはそれほどでもないわよね。レカっちの時もそうだったけどさ」
その通りなので、ぐうの音もだせないゴパルとカルパナである。軽いジト目になったカルパナがサビーナに聞く。
「最後はサビちゃんの番だけど、結婚式はいつするの?」
サビーナが軽く腕組みをして考え込んだ。
「うーん……ワシも石さんも、ディナーとか会食の予約があるのよね。思い切って一ヶ月くらい休店にするしかないかも。その間に全部済ませておきたいし」
そう答えてから、ニヤニヤ笑顔をカルパナとゴパルに向けた。
「お二人さんも、今晩は頑張りなさいよ。それと食べ過ぎには注意しなさい。途中で眠くなって、気がついたら朝……なんて事にもなりかねないからね。そうなったら、そうなったで面白いけどさ」
カルパナが顔を真っ赤にして両手をバタバタ振った。
「サビちゃん!」
ゴパルも顔を真っ赤にして、フラフラと頭を振っている。そんな二人をからかって満足したサビーナが、調理場からの呼びかけに応えた。
「おっと、退散するか。ブミカさんが大忙しだ。ったく、グルン族とマガール族が大挙して押し寄せ過ぎなんだよな、もう」
パン工房長とシャンジャ郡のシャム達も到着したらしい。
サビーナを見送ったゴパルとカルパナが、紙皿に盛った料理を手にして顔を見合わせた。ゴパルがようやく目の泳ぎを抑えて、カルパナに微笑む。
「ふつつか者ですが、よろしくお願いします、カルパナさん」
カルパナも照れながらうなずいた。
「私の方こそ、よろしくお願いしますね、ゴパル先生」
そう答えてから、少し困ったような表情になった。
「サビちゃんの言う事も納得なんですよね……朝から大忙しでしたし。実は既に少し眠気を感じていまして。あまり食べない方がいいのかな」
ゴパルが否定的に首を振った。
「でも食べておかないと、夜中に二人でレイクサイドへ買い食いしに行く事になりますよ」
その状況を想像して、クスクス笑いあう二人であった。




