コーヒー畑
コーヒー休憩が終わると、農家の人達が自宅へ戻っていった。改めてゴパルとカルパナに礼を述べたシャムが、真面目な表情でそっと告げる。
「ヤマさんですが……まだシャンジャ郡には入らない方が良いと思います。今回はカウレ村が招待したので何も起こりませんでしたが、次回も起こらないという保証はありません」
カルパナとゴパルが顔を見合わせてから、シャムに礼を述べた。
「忠告ありがとうございます、シャムさん。次からは私のジプシーを使いますね」
「大きな騒動になったと聞きました。ヤマさんには私からも忠告しておきますよ」
その後は日没まで、コーヒーを栽培している段々畑を見て回ったカルパナとゴパルであった。カルパナが軽く腕組みをして、困ったような表情を浮かべている。
「シャムさんの言う通り、肥料不足ですね。どうしようかな……」
当然ながら化学肥料は入手困難である。有機肥料もそれなりに値が張る上に、尾根筋のカウレ村まで運び上げるのは重労働だ。
人糞はヒンズー教の教義上では不浄扱いなので使わない方針だ。牛糞は天日干ししてから燃料として使っている。
シャムも困った表情をしている。
「有機肥料も今では買い手が多いんですよ。ワリンやプラガティナガルで売っていますが、すぐに売り切れてしまっていますね」
とりあえず、生ゴミをKL処理して土ボカシ化する事を試してみる事になった。カウレ村全ての生ゴミを回収すれば、それなりの量になる。
また、稲作の規模が小さいので、村では米ぬかを確保できない。そのため、米ぬかを使わずにKL培養液だけを使っての土ボカシづくりだ。
ゴパルが北にそびえ立つ山を見上げて提案した。
「鳩タワーを作ってみてはどうですか? 結構飛んでいるように見えますよ」
実際には野鳥も多いようだが。
カルパナも北の山を一緒に見上げた。近くの森の木の枝にカラスが一羽とまっていて、こちらをじっと見ている。さすがに王妃の森のカラスではないのだが、カルパナと視線が合うとチョコチョコと枝の上で跳びはねた。
カルパナがカラスに微笑んでから、ゴパルとシャムに振り返った。
「そうですね。試してみましょうか。生ゴミボカシの一部を鳩とカラス用の餌に使えば良いと思いますよ」
シャムは鳩タワーと聞いても首をかしげていたが、ゴパルがスマホで写真を見せると興味を示した。
「へえ……本当にタワーですね。森の中に竹も多く生えていますから、すぐに建てる事ができます」
カルパナが軽く肩をすくめた。
「ですが、それほど大量の鳩糞は得られないと思います。土ボカシづくりで使って、肥料成分を少し上げる程度になるかな。カラスは神様の使いですので、ぞんざいな扱いは避けるようにしてくださいね」
日が暮れたので村へ戻ると、シャムが土間で料理の準備を始めた。カルパナとゴパルが持ち込んだ米や豆、干し肉、卵を受け取る。
「客に食事の材料を買ってきてもらうのは、申し訳ないですね……ですが、家に保存してあるのはコーンだけなんですよ」
彼が一人の際は、焼きコーンが主食になっているらしい。以前にサランコットの民宿街で売っていたアレだ。品種はスイートコーンではなくて、飼料用なので固くて甘くない。
カルパナが料理を手伝いながら気楽に微笑んだ。
「焼きコーンは好物なんですよ、私。田舎ではダルづくりも大変ですしね」
米が収穫できる農家であっても貧しい所では、普段はアチャールと野菜の香辛料炒めを添えて食べるだけだ。豆スープのダルや肉料理は御馳走に含まれたりする。
それでも養鶏が盛んになってきているので、最近では卵料理が普段の食事に加わっているようだが。なお、乳製品は家畜を飼う事ができる比較的裕福な農家に限られる。
ささやかな食事を済ませた後、一緒に後片付けをする。山から水道を引いているので水は潤沢に使える。時々ミミズ等が流れてくるようだが。
外はすっかり日が暮れていて、真っ暗になっていた。シャムが電灯を点ける。太陽光発電しているという話だった。田舎では停電が多いので、こうして家で自家発電した方が便利らしい。充電式のランプをカルパナとゴパルにも渡して、寝室に案内した。
「掃除はしていますが、どうしても埃っぽいです。すいません。ベッドは二つ用意しましたので、どちらか使ってくださいね」
ベッドといっても、ゴパルの身長では足の先がはみ出てしまうサイズだ。寝返りをうつと転げ落ちてしまいそうな幅である。
シャムもそれを察して困ったような表情になった。
「うーん……ベッドを寄せてくっつけますか? そうすれば安心して眠る事ができると思いますが」
ゴパルとカルパナが顔を見合わせ、耳の先を赤くしながら同意した。
「そうですね。カルパナさん、それで構いませんか? 私は隅の方で小さく丸まって寝ます。すいません、まだ太ったままで」
「十分に引き締まった体つきになっていますよ。ダサイン大祭前で良かったと思う事にしましょう。後でしたら、確実に二人とも太っているでしょうね。ベッドを壊してしまうかも知れません」
この手のベッドは木製なのだが、敷き布団を支える横木が外れやすいという欠点がある。体重が重いとベッドの枠が歪んで、横木が床に落ちてしまう事があるのだ。そうなると、ベッドに『体が嵌って』動けなくなる。
今回ゴパルとカルパナは夏用の薄い寝袋を持参していたので、床に寝る事も可能なのだが……シャムがベッドを用意してくれたので、その厚意に甘える事にしたようである。
ゴパルがスマホで時刻を確認して、頭をかいた。
「あ。クシュ教授から早く報告送れと催促が来てる。すいません、外に出てスマホ仕事をしても構いませんか?」
シャムが残念そうに呻いた。
「むむむ……これから友人の家で酒盛りをしようと考えていたのですが。仕事でしたら仕方ありませんね。後で顔を出してください」
了解したゴパルだ。カルパナもシャムに謝った。
「すいません。私も親に電話しますね。お酒は少しだけでしたら付きあいますよ」




