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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
ポカラの南も山なんです編
1107/1133

オリーブの植えつけとコーヒー果実

 カルパナが最初に植えつけ方法を指導する事になった。

「丁寧植えと呼ばれる方法です。オリーブは根が弱いので慎重に植えてくださいね。根を切ってしまうと枯れてしまいますよ」

 カルパナが伝統的なクワを使って植穴を深めに掘る。次に、枯れた雑草や雑木の枯れ枝を、穴の半分の深さまで詰め込んだ。土をかけて隙間を埋め、挿し木苗を植える。最後に植穴に土を戻して終了だ。

「乾期になりますから、少しくぼんだ状態にしてください。雨水が溜まりやすくなります」


挿絵(By みてみん)


 枯れた雑草や枝を埋めたのは、保水性を向上させるためだと説明する。本来は炭を使えば良いのだが、強いアルカリ性なので中和する手間がかかる。酸性のKL培養液が手元にないので、水洗いして中和するしかないため時間がかかってしまうのだ。


 村人が一斉にオリーブの挿し木苗を植えつけ始めた。それを見ながら、シャムに感謝するカルパナである。

「サビーナ料理長のわがままを聞いてくださって、ありがとうございます。全量買い取り契約ですので、安心して育ててくださいね」

 シャムが穏やかに笑った。

「私の家の畑ですので問題ありません。家族はワリンやプラガティナガルに移住してしまいましたので、畑を持て余していたんですよ」


 植えつけ作業はすぐに終わった。今回はオリーブが育つかどうかを確認するためなので、少数の植えつけに留まっている。問題なく育つようであれば、植えつけ面積を増やす予定だ。

 カルパナが念のために告げた。

「オリーブの葉は牛や山羊の餌に使わないでくださいね。果実は苦いので鳥や猿は食べないと思いますが、一応用心しておいてください」

 再び一斉に了解するシャム達である。コホンと小さく咳払いをしたカルパナが、収穫したばかりのコーヒーの果実が入ったカゴに視線を向けた。シャムの家の前庭に置かれている。

「では次に臼を組み立ててみましょうか」


 カゴに入っているコーヒー果実は赤く熟しているものばかりだった。

 シャムの家の前庭では、臼の組み立てを行っている。その間に、カルパナが果実を摘まんで固さを確かめてから、穏やかに微笑んだ。

「どれも熟していますね。見分け方は教えなくても大丈夫かな」

 そう言ってからコーヒー果実を指で押し潰した。膜に包まれた種が出てくる。次いで果肉を食べて頬を緩めた。

「糖度も結構ありますね。ブドウの実と同じくらいかな。これなら干したり、ジャムやお酒を仕込む事もできそうです」

 ゴパルも果肉を試食して同意している。

「糖度計を持ってくれば良かったですね。すいません。果肉にもカフェインが多く含まれていると思いますが、酒やリキュールにしてみるのは良い考えだと思います。後で低温蔵へ少量運び上げて仕込んでみますよ」

 北の空にそびえ立つ二千メートル級の山を見上げて、山頂を指差した。

「山頂付近に小屋を作れば、天然の冷蔵庫として活用できます。シャムさんが酒やリキュールを仕込んだら、そこで低温保存すると長持ちしますよ。数年間ほど貯蔵すると、熟成して美味しくなるかも知れません」


 もちろんABCのように標高四千メートル級ではないので、多少の温度変化は避けられないだろうが……シャムが臼の組み立てを終えて、村人達とマガール語で話し合った。

 すぐにまとまったようで、笑顔でゴパルに答える。

「小屋に番人を置かないといけませんが、酒が高く売れそうならやってみる価値がありそうですね」

 カルパナが微笑んだ。

「簡易酒造所の許可が必要になると思いますから、小屋を作る際には私に相談してくださいな。ポカラのホテル協会が既に取得していますので、その関連小屋として正式に登録できると思いますよ」

 今のところは、地ビールと日本酒、果実酒、蒸留酒の許可を得ているらしい。さすが、観光特区のポカラだなあ……と感心するゴパルだ。各種の優遇措置を活用しまくっている。


 コーヒーの果実は水に浸けて、浮かぶモノは排除する。その後、果肉と種子を手作業で分けてから、種子だけを臼に入れる。

 臼に付いている手動ハンドルで回すと、キレイに膜と殻が取れたコーヒー豆が臼からこぼれ出してきた。カルパナがその豆を手に取って、驚いた表情になっている。

「あらら。キレイに取れていますね。乾燥すればすぐに生豆として使えますよ」


 シャムも豆を手に取って驚いていた。

「割れたりもしていませんね。それどころか傷もついていないですよ。コーヒー精製工場の機械よりも優秀じゃないですか」

 そんな凄い臼だったのか……と目を点にして聞いているゴパルである。

(さすが工業大学の助手だなあ。片手間に作ってこの出来なのか)

 印象としては、スーパー南京虫の熱風駆除をしている苦労人だったのだが……この臼の特徴は、やはりすり潰す部分で使われている宇宙エレベータ関連の素材だろう。低温蔵の建設時に使ったように端材の有効利用をしているのだろうが、見た目は薄くて黒い布である。

 しかし、臼に使うなんてよく思いついたなあ、と感心する。

 この素材は元々、宇宙空間を高速で飛び交っているデブリと呼ばれる宇宙ゴミが衝突しても、壊れない事を目的に開発されたらしい。宇宙ゴミは秒速三十キロの猛スピードで飛んでくるので、この素材の耐久性はとんでもなく高い。


挿絵(By みてみん)


 シャム達が喜々として作業を進めていくのを見ながら、ゴパルがコーヒー果実を一つ手に取った。

「低温蔵で研究できそうな事ですが、いくつか考えられますね」

 まず、コーヒー果実をそのまま発酵させる。糖分は果肉に含まれる分だけで足りるだろう。

 発酵後は果肉が溶けているだろうから、種子を取り出して生豆に精製する。その際に風味が変わったかどうかを確認する、というものだ。

「ですが、果実を発酵させて種子を取り出すという方式は、よく行われているそうなんですよね。ですので新鮮味という点では欠けるかと思います。通常の発酵期間は二、三日間なのですが、これを二、三ヶ月に延ばした時にどう変化するか……ですね」


 果肉に含まれる糖分が完全に消費されるには一ヶ月間ほどかかるかな……と予想するゴパルである。ワインの醸造がそんな感じだ。

 その後は、タンパク質や脂質を餌にする菌がゆっくりと働いていく。この場面では、乳酸菌や酵母菌の他に雑菌と呼ばれる多種多様な菌が関わるため、タンクごとに風味が異なってしまう原因にもなるのだが……そうなった時に改めて考えようと気楽に考えているようだ。

 種子を取り出した後、残った発酵液は既に酒になっていると予想するゴパルである。

 とりあえず病原菌が混じっているかどうかを簡易検査で調べてから、醸造酒として継続して発酵熟成させようかな、と思う。

「ブドウと同じく、木に実る果実ですからね。糖度も同じくらいだそうですし。ワイン仕込みと同じようにできると思いますよ。コーヒーのワインですね。搾りカスには糖を足して再発酵させましょうか。それを蒸留すればコーヒーのブランデーができます」

 正確には『コーヒー果肉の』であるが。


 ここでカルパナが告げた。

「ゴパル先生。ギリラズ給仕長さんが果肉を欲しがっています。コーヒーを淹れる際に使いたいそうですので、そちらの研究もお願いしますね」

 頭をかくゴパルだ。

「そうでした。すいません、忘れていました」

 果肉を乾燥させて粉砕するのが一番手っ取り早い。他にはジャムにして漬け込んだり、少しだけ発酵させて風味を変えてみる事だろうか。

「天日乾燥させた果肉を使って醸造酒を仕込んでも面白そうですね。甘口のワインみたいになりそうです」


 さすがに呆れた表情になるカルパナである。

「……ゴパル先生。お酒の話ばかりしていますよ。それにコーヒーの果肉って薄いですから、大量に使えません」

 確かにコーヒーの果実の大部分は種子で占められている。果肉部分は薄くて量が少ない。コーヒーのワインやブランデーの商業生産は難しいだろう。

 我に返ったゴパルが素直に同意して背中を丸めた。

「そうですね。すいません。妄想が暴走してしまいました」

 クスクス笑うカルパナである。

「カウレ村の特産品として少量生産するのでしたら、大丈夫だと思います。お小遣い程度は稼ぐ事ができると思いますよ」


 シャムが真面目な表情でゴパルとカルパナの話を聞いていたが、目をキラキラ輝かせた。

「私の方でも長期発酵とか酒づくりをしてみますよ。マガール族も酒飲み階級ですからね。酒づくりは得意なんですよ」


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