運転手ヤマ
カルパナの車でパメの種苗店へ下りると、ヤマがビシュヌ番頭とチヤをすすりながら談笑して待っていた。カルパナが運転席から合掌して挨拶をする。
「すいません、待たせてしまいましたね」
ヤマが気楽な表情で笑った。水道事業が本格化しているため、日焼けしている。
「いえいえ。予定の時刻はまだですよ。ゆっくりと準備をしてください」
カルパナが種苗店の二階へ駆け上げっていく。その後ろ姿を見送り、ゴパルがナウダンダでのマッシュルーム栽培の作業内容を話した。
興味深く聞くヤマである。
「日本人にはマッシュルームってそれほど馴染みではないんですよ。ヒラタケもですね。シイタケの方がよく知られています」
ヤマが日本でよく食されている栽培キノコを紹介しようとしたが、英語名が思い浮かばなくて断念した。気を取り直して、話を続ける。
「ですが楽しみですね。どんな料理方法が代表的なんですか? シイタケでしたら、しょう油を傘の中に少し垂らしてからの炭火焼きが好みなんですよ」
ゴパルが両目を閉じて頭をかいた。
「すいません。私もマッシュルームの料理には詳しくないんですよ。ネパール料理ではあまり使いませんし。ヒラタケは香辛料煮込みで食べるんですけれどね」
マッシュルームを比較的よく食べるのは首都のネワール族だろうか。牛糞キノコと呼んで料理している。首都のバフンやチェトリ階級でも食べる人が徐々に増えているが、まだマイナーなキノコだ。
カルパナが小さなリュックサックを肩に引っ掛けて、二階から駆け下りてきた。小奇麗なサルワールカミーズの上に、薄手の防寒ジャケットを羽織っている。足元はサンダルではなくて軽登山靴だ。
「お待たせしました。まだ早いですが、出発しましょう」
ヤマが運転してきたのはピックアップトラックだった。荷台には木製の臼が一つ乗っていて、ロープで固定されている。ヤマがゴパルに説明した。
「ポカラ工業大学のディーパクさんが試作した、コーヒー豆精製のための臼だそうです。かなり軽量なので驚きましたよ」
ディーパクさんも色々と大変だなあ……と同情するゴパルだ。二人用のテントも乗せてあったのだが、これは不要かなと判断する。今回はシャンジャのコーヒー栽培農家シャムの家に泊まる予定である。
パメの次はルネサンスホテルへ立ち寄る。ここではゴパルが部屋に駆け上っていった。
ちょうど厨房から出てきたサビーナが、ヤマに礼を述べた。
「シャンジャ郡で車を叩き壊されたのに、よく引き受けてくれたわね。ありがと」
苦笑するヤマである。日焼けしたバーコード頭をかいた。
「皆さんには迷惑をかけてばかりですから、このくらいの事は喜んでしますよ。ちょうど、このピックアップトラックの慣らし運転もしたかったですしね」
水道事業が本格化して、今までのジプシーだけでは運びきれない荷物が増えてきているらしい。ジプシーは小型のオフロード車なので、荷物運搬には向かない車種だ。インド軍は制式採用しているが。
サビーナが次にカルパナの肩に抱きついた。
「シャムさんからオリーブの苗木を村へ運び上げたって知らせが入った。植え方の指導も頼むわね」
少し困ったような笑顔を受かべて応えるカルパナだ。
「もう、仕方がないなあ。コーヒーの方は、どうしようか? 焙煎とか上手くできないんだけど」
サビーナがニッコリ微笑む。給仕に命じて、手動式のコーヒーミルと焙煎器を持ってこさせた。
「教えた通りにすれば問題ないってば。マッシュルームも楽しみなんだけど、コーヒーも楽しみなのよね~」
そこへ準備を整えたゴパルが階段を駆け下りてきた。彼も小さめのリュックサックを担いでいる。
「すいません、待たせてしまいましたね。クシュ教授にこれから出発すると一報を入れてきました」
サビーナがゴパルの肩をバンバン叩いた。さすがに肩では咳き込まないようである。
「カルちゃんの護衛を頼むわね。彼氏の山羊先生」
思わず背筋を伸ばすゴパルだ。
「ハワス、サビーナさん」




