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アンナプルナ小鳩  作者: あかあかや
ポカラの南も山なんです編
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マッシュルーム栽培開始

 マッシュルームはピザ屋やサビーナの店でよく使う食材だ。そのため、サビーナから早く栽培実験を始めろと催促されていたのであった。

 しかしヒラタケやエリンギと違い、厩肥を菌床として使うために準備に手間取っていた。それがようやく整ったので、こうして栽培実験が始まったという経緯である。

 実はこの簡易ハウスでは一か月前から厩肥づくりが始められていた。その出来を確認するのが、今回の主な目的である。


 ここで簡単にマッシュルーム栽培の概要を記しておこう。

 菌糸が育つ適温は二十五度以下で、キノコが発生し始めるのが十五度以下になる。そのため、気温が低いナウダンダでの栽培実験となった。

 簡易ハウスにしたのは、キノコの発生条件に太陽光がある程度必要だからである。しかし直射日光を当てると菌糸が殺菌されてしまうので注意が必要だ。菌糸は呼吸しているので、換気も重要になる。


 厩肥だが、ペーハー値は7から7.5の間に調整する。菌糸が育っていくにつれて酸性に変わっていく。厩肥の水分は六十から六十五%に維持し、上にかける覆土も同じ水分に保つ。

 室内の湿度は、菌糸を育てている期間が六十五から七十五%、キノコ発生の期間が八十から八十五%の間にする。

 気温の関係から、厩肥づくりは西暦太陽暦の八月下旬以降から始めるのが良いだろう。このように、ヒラタケと比較するとかなり面倒なキノコである。


 作業工程を見ると、厩肥づくりに三週間、菌床づくりに一週間、菌糸を菌床で育てるのに三週間かかる。

 その後はキノコが発生して収穫になるのだが、その期間は一ヶ月間ほど続く。上手く面倒をみれば、二ヶ月間ほどの収穫が可能だ。


 厩肥づくりだが、今回は以下のようにしている。簡易ハウス内での作業だ。

 青刈り大豆をそのまま育てて枯らせた大豆稈を四百キロ用意する。これは今年の収穫で、腐ったりカビが生えておらず乾燥した状態のモノを使う。このままではかなり固いので、踏みつけたりして適当に粉砕しておく。

 栄養分として、米ぬかを百五十キロ、リテパニ酪農産の牛糞厩肥を百キロ、レカナート養豚団地産の豚糞厩肥を百キロ加えてよく混ぜ合わせておく。

 KLを使用しているため、悪臭の無い乾いた厩肥だ。牛糞と豚糞厩肥には既に野生のキノコが生えているので、取り除いておく。

 これにKL培養液と、リテパニ酪農産の廃棄牛乳をKLで発酵させた液肥を散布する。共に水で薄めたりはしていない。ここで使うKL培養液は、糖蜜の割合を十%に上げている。大豆稈から液が染み出さない程度の散布に留めるように注意している。


 次に、厩肥づくり用の枠を作る。縦横高さ共に百八十センチの木の枠を二つ。その片方一つに材料を混ぜ込んだ大豆稈を詰め込んでいく。

 足で軽く踏み固めて、一番上には保湿のためにゴザ等を被せておく。


 三日も経過すると腐敗菌が働き、高熱が発生して六十から七十度に達する。さらに二日ほど経過すると温度が下がり始める。

 ここで一回目の切り返しを行う。空いている枠に移し替える作業だ。大豆稈をほぐして、空気に曝してから、隣の型枠に詰め込んでいく。

 乾いている場所には散水して湿らせておく。大豆稈を握ると水がしみ出てくる程度だ。ここでも足で軽く踏み固めておく。


 その後は五日おきに切り返し作業を行う。大豆稈が乾かないように散水して水分を調整する事が重要だ。次第に分解が進むので、踏み固めるのは避ける。

 一ヶ月後、状態を確認する。アンモニアや糞尿等の悪臭が無く、ペーハー値が7.2前後、手で握ると水がにじむ程度の状態、大豆稈を引っ張ると楽にちぎれるようになっている事が完成の目安だ。

 ペーハー値は、土や堆肥を測定する器械があるのでそれを使う。


 スバシュが簡易ハウスの中へゴパルとカルパナを案内して、厩肥を指差した。大豆稈の色が濃い栗色になっている。

「最後の切り返しを終えて五日経っています。温度は二十五度です」

 ゴパルが大豆稈を手に取り、臭いをかいだ。

「……うん。腐熟していますね。大豆稈厩肥の完成です。では菌床をつくりましょうか」

 ほっとした表情で視線を交わすスバシュとカルパナだ。

「了解です」

「良かったですね、スバシュさん」

 ネパールでは化学肥料を輸入に頼っているため、今回は使っていない。そのため、栄養分が不足した状態での厩肥づくりになってしまうのだが仕方がない。キノコの収穫量も、化学肥料を使った厩肥と比較するとかなり低いだろう。


 菌床つくりだが、これも木枠を使っている。縦一メートル、横二メートル、高さは二十センチだ。これが十個用意されている。

 マッシュルームの種菌を用意し、その三分の二ほどを大豆稈厩肥に混ぜ合わせる。一平米あたり種菌を一キロ使う計算になるため二十キロ用意している。


 種菌を混ぜ合わせた大豆稈厩肥を木枠に詰め込んでいく。枠内に隙間ができないように、しっかりと詰め込む。

 詰め終わったら、残っている三分の一量の種菌を表面に振りかけ、表面を叩きながら大豆稈厩肥の中に埋め込む。これで表面が平らになる。デコボコしていると収穫に支障が出るので、しっかりと平らにしておく。


 作業を終えて、ほっと一息つくゴパル達だ。ゴパルが温度計を大豆稈厩肥に差し込み、簡易ハウス内の気温を測る温度計も確認した。

「この後は温度と湿度管理になりますね。KLや光合成細菌は散布しないでください。マッシュルームの菌糸を食べてしまう恐れがあります」

 牛糞や豚糞、廃棄牛乳、培養液に含まれているKL構成菌や光合成細菌は、厩肥づくりの間に出た高熱により殺菌されている。

 そのため、この大豆稈厩肥に含まれているのは一般の細菌やカビである。キノコの菌糸が育ちやすい環境だ。


 大豆稈厩肥の内部温度を二十四度くらいになるように維持する。室温は二十二度、湿度は七十%あたりに維持して菌糸の成長を促していく。今は乾期なので、保湿のためにゴザを上に被せている。

「順調に成長すれば、二週間ほどで菌糸が大豆稈厩肥の全体を覆うはずです。それを待って菌床の完成です。その後、土を被せてくださいね」

 ここではKLを使った育苗土を使う予定だ。ペーハー値を7から7.5の間に調整するために、育苗土に消石灰や炭酸石灰を混ぜておく。育苗土の二%程度の量で混ぜて、二日間ほど寝かせてあるものだ。

 それを菌床の上に厚さ三センチで被せていく。キノコの発生には間接光が必要になるため、土の上には白い寒冷紗を被せて保護する。ゴザは被せない。

 この頃になるとキノコの菌糸が十分に成長しているので、この育苗土を使ってもKLに負ける事にはならないだろう。


 その上でゴパルが注意点を述べる。

「菌床の上に被せた育苗土には、生ゴミ液肥や生卵入り光合成細菌を散布しないでくださいね。肥料成分があるとキノコができなくなる恐れがあるそうです。KL培養液は水で千倍に薄めてから使用してください。土の水分は八十五%程度で維持します」


 キノコの菌糸だが二週間くらい経過すると土の表面に到達して、白い菌糸を張り巡らせて来る。こうなれば、後はキノコの発生を促す段階に入る。

 簡易ハウス内の気温を十五度くらいに下げ、換気を心がける。換気といっても送風機を使うと菌床が乾燥してしまうので避け、気流の流れによる自然換気にする。

 土の乾燥に気をつけて湿った状態を維持すると、土の表面に白い粒が生じてくる。これがキノコの元になる原基だ。


 土の湿り気を維持しながら、白い寒冷紗を持ち上げて土との間に空間を設ける。こうする事で、原基が成長してマッシュルームになる。

 ちなみに収穫は手で摘まみ取る。土にへこみが生じるので育苗土を足して埋める。次のキノコ発生と成長に支障が出ないようにするためだ。

 収穫が終わった菌床は、速やかに簡易ハウスの外に出して、雑菌汚染を防止する。廃棄菌床は畑の肥料に使うと良いだろう。


 スバシュが目をキラキラさせながら木枠に詰めた大豆稈厩肥をポンポン叩いた。三人がかりだったので、作業はすぐに終わっている。後日、キノコの菌糸が全体を覆えば、育苗土を被せる予定だ。

「条件が良いと、大きなマッシュルームが発生するそうですね。サビーナさんに高く売りつけてやりますよ」

 この種菌では平均して一個五十グラムのマッシュルームが生産できるのだが、二百個に一個の割合で大きなサイズも発生する。上手くいけば百四十グラムにも育つらしい。

 ゴパルが頭をかいた。

「ラメシュ君によると、あまり期待しない方が良いそうですよ。化学肥料を使っていませんし」

 それでも期待しているスバシュだ。カルパナもニコニコしていたが、自身のスマホを見て我に返った。

「あ。そろそろヤマさんが車で迎えに来る時刻ですね。今回はここまでにしましょう」


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