デオラリ
しばらく歩いて、ようやく民宿街に到着したゴパルであった。
民宿の看板を見ると、デオラリと地名が書かれている。どれも平屋建てで、灰色の石造りに、水色のトタン屋根だ。宿の前だけは、石畳にしている。
「確かに、民宿がいくつかあるね。さて、ニッキさんが予約をしてくれた宿へ向かうか」
すっかり日が暮れて夜になっていた。
既に、それぞれの民宿の食堂では、夕食が始まっているようだ。建物の中では、数名の欧米人観光客がピザを食べているのが見える。
テレビも映るようで、国営放送の英語ニュースが流れていた。今日もまた、チベットから首都へ向かう幹線道路で、土砂崩れが起きたらしい。
看板を見上げながら、民宿を探していたゴパルであったが、数軒目で立ち止まった。
「ここか」
早速、民宿の中へ入る。ここも食堂では夕食が始まっていた。欧米人観光客とガイドが数名、ピザを食べている。酒も飲んでいて、この寒いのにビール瓶が数本ほどテーブルに並んでいた。
食事を運んでいた、宿のオヤジに挨拶する。
「こんばんは。予約していたゴパルです。予定よりも一日早いのですが、部屋ありますか?」
オヤジが、少し呆れたような顔をして出迎えた。彼もグルン族だ。
「どこ寄り道してたんだよ。部屋なんかチャイ、空いていないぞ」
目が点になるゴパルである。彼なりに急いで、寄り道を極力せずに歩いてきたのであったが、到着が遅かったようだ。やはり、途中で何度も、チヤ休憩を挟んだのが悪かったか。
しかし、民宿オヤジがニヤリと笑った。
「冗談だ。今はどこもチャイ、空き部屋だらけだ。好きな部屋を選んでくれ。案内するよ」
部屋はかなり小さく、簡素なベットだけが置かれていた。
ベッドだけで、床面積の三分の一以上を占めている。そのベッドも木製で、上に乗るマットレスを支える横木が、はめ込み式のタイプだ。ベッドの木枠にネジ等で横木を固定していないので、ベッドで寝返りを打つと、時々、横木が木枠から外れて落ちる。
横木が床に落ちたら、その都度、マットレスを巻き上げて、横木を木枠に嵌め直さないといけない。それが面倒な場合は、重心がかかる腰の位置を、横木がある上に移動して寝続ける事になる。
ゴパルがベッドの状態を調べる。それから、おもむろにリュックサックの中からロープを取り出した。トラックの荷造り用の丈夫なものだ。
それを、マットレスを外したベッドの木枠に巻いて、万力結びをする。ロープで作った輪の中に、同じロープを通して、滑車の原理で引っ張る。普通に引くよりも、二倍の力で締める事ができる結び方だ。
ベッドの木枠が、ギシギシ音を立てて締まっていく。適当な所まで締めてから、同じロープを使って固定する。その後で、マットレスを敷いて完了だ。
これでゴパルが寝返りを打っても、横木が外れて落ちる事は無くなった。
「よし、これで安眠できる」
部屋の扉は木製で、やはり南京錠と単純な鍵だった。貴重品は、今回も腰のポーチ袋に入れる。
その晩は、さすがに歩き疲れたので、ピザとチヤだけで寝てしまったゴパルであった。
ピザは生地をガンドルンで作って、それをここまで運んできたという、民宿オヤジの話だった。トマトソースとチーズのピザを注文する。他は、ソーセージやサラミ等を使ったピザが、メニューに載っている。ディーロは、メニュー表に記載されていなかった。
ピザがフライパンで焼き上がって、ゴパルのテーブルにやって来た。小麦粉が焼けた香りは良いのだが、全て既製品を組み合わせただけのピザだ。あまりワクワク感は無い。
チヤも脱脂粉乳だったので、特に何の感慨も無く、山羊のように黙々と食べる。
高地では脱水症状に陥りやすいので、ペットボトル入りの水を買った。寝る前に飲み干すつもりだ。この水もナヤプルから運んできたのだろう。製造元がバクタプール郊外だったので、妙な親近感を覚える。
このボトルも生分解性の素材を使っているのだが、気温が低いデオラリでは分解が遅いだろうなあ、と思うゴパルだ。




