ヒンクの洞窟
チヤをすすりながら、スマホで情報を調べる。しかし、谷が深いのか、電波が届かなかった。仕方がないので、調べるのをあきらめる。
ゴパルが傘岩を改めて見上げた。相当に巨大な岩だ。岩の下の雨が降り込まない面積を考えると、家一軒ほどもある。その空間に居るのは、ゴパルとオヤジの二人だけだ。他に、客の姿は見当たらない。
ゴパルがチヤを飲み終えて、空になったガラスコップを茶屋オヤジに返して、お代を支払った。
「この時期は、客が少ないみたいですね。店は夜もやっているのですか?」
オヤジがガラスコップを、水道で水洗いして、岩の上に置いた。水道といっても、近くの沢から、黒いプラスチック製のパイプで水を引いただけのものだ。
「ワシはデオラリの民宿のスタッフだぼ。ま、もう少しだけ営業するら」
と言う事は、デオラリまで近いのかなと思うゴパルだ。そういえば、急な上り坂は終わっている。この先は、なだらかな坂だ。
「そうですか。では、私は先にデオラリへ向かいますね」
ヒンクからの道は、岩と石だらけの荒野になっていた。息が白くなり、気温が急激に下がっていく。日も陰って、暗くなり、足元がよく見えなくなってきた。
「やはり、暗くなってしまったか。明るいうちに着きたかったのだけど、まあ、道草をしてしまったからなあ」
ネパール人の言う『すぐそこ』は信用できないのだが、今回もそうだった。
レインウェアのポケットに入れていた懐中電灯をつける。周囲の絶壁からは、滝の轟音が重層的になって聞こえている。
足元を照らしながら進むのだが、基本的にこの辺りは、観光客が好き勝手に歩いて踏み固めた場所が道になっている。
整備された登山歩道ではないので、途中で道が途切れてしまう場合も多々ある。ゴパルも数回ほど、道を間違えては引き返す事を、繰り返して進んでいた。
「だけど、狭い谷だから、迷ってもそれほど問題ないかな」
実際、途中で道が途切れている場合でも、外国人客らしき登山靴の足跡が残っている。ガイドも時として道に迷っているようだ。一番確実なのは、強力隊のサンダルの跡であった。
時々、岩につまずき、草を踏んで滑ったりしながらも、暗闇に包まれつつある谷を進む。気温はさらに下がっていき、雨に雪が混じってきた。測量ポール杖を器用に使って、坂を上っていく。さすがに標高が高いので、息が荒くなってきている。
「ん、あれかな」
ゴパルが大岩が転がる隙間から、行く手を展望すると、明かりが点いた建物が丘の上に見えた。




