ディーロ
ディーロは、雑穀の粉を、湯に溶かしながら混ぜて、弾力があるオハギ状になるまで練り上げたものだ。地域や民族によって、ソバ、トウモロコシ、小麦とジャガイモ、シコクビエ、それに粟の粉を使う。
そのままでは、風味が乏しいので、澄ましバターと香辛料と塩を加えて、さらに練り上げて、熱を通したものだ。力仕事を必要とする料理である。
粟の場合は、かなり粗くて、実が結構残っている。見た目は黄色いオハギで、これを、白ご飯の代わりに食べる。
ちなみに、ソバ粉を使うと灰色がかった紫色になり、トウモロコシ粉を使うと黄色に、ジャガイモの場合は薄い黄色に、シコクビエの場合は灰色がかった赤褐色になる。
白ご飯の代わりなので、欧米人観光客には、ダルや、野菜に肉の香辛料炒め煮、香辛料漬け等も一緒に供されている。唐辛子が使われているので、目を白黒させているようだが。
他には、シコクビエの焼酎が、コップ酒として出されていた。
今回は、焼酎を頼んで正解だっただろう。これと相性が良さそうな手頃なワインは、まず無い。高級ワインやシャンパン、発泡ワインと超強引に組み合わせても、酒の方の風味が、ディーロの風味と正面衝突してしまうだけである。何よりも、酒が無駄になる。
ヒンズー教では、こうした雑穀は好まれないので、店で食べる機会が少ない。最近は健康食品という事で、注目されてきているが。
ゴパルの故郷は、カトマンズ盆地の外にあるカブレだ。赤土の斜面で、痩せた土地なので、雑穀は子供の頃の主食だった。そのため、野外調査に出る際には、密かに楽しみにしていたのだったが……
ちなみに、味の方は、きちんと調理されている場合に限り、美味しい。粟や稗の甘い香りと、澄ましバターの甘い香りとが調和していて、オハギ状なので食べやすい。
欧米人観光客の表情を見ると、これは、きちんと調理されているようだ。焼酎も、度数が低いので、ジュース感覚で飲んでいるように見える。
ニッキが苦笑しながらゴパルに謝った。
「すいませんナ、ゴパル先生。用意してたんすけど、あの客の前に入ってきた客が、全部食べてしまって。今の客の分は、俺の昼飯すよ、ハハハ」
ゴパルが視線をニッキに戻して微笑んだ。まだ少し、落胆しているようであるが。
「道草をしていた私が悪いので、お気遣いなく。ああ、そうだ」
リュックサックを開けて、中から先程、竹やぶの中で採集した数々を取り出した。全てプラスチック製やガラス製の試験管に入っている。
それらの綿栓やゴム栓の密閉状態を確認して、丈夫そうなプラスチック製の箱に隙間なく収めた。
「これを、首都のバクタプール大学まで送って欲しいのです。受付けてくれますか?」
ニッキが箱を受け取って、軽く上下左右に振った。小さくカチャカチャと音がする。
すぐに、民宿のスタッフにグルン語で命じて、宅配便の荷札を持って来させた。それをゴパルに手渡す。
「了解っす。ちょうど、サンディプの強力隊が、そろそろ来る頃でさ」
サンディプもスマホを見て、時刻と伝言アプリを確認した。伝言の一つを再生して、軽く肩を回す。グルン語だったので、ゴパルには理解できなかったが。
「ちょうど、上の旧バンブーまで降りて来たナ。十分もすれば、ここに到着するぞ」
それを聞いて、ゴパルが慌てて宅配便の荷札に記入を始めた。




