終編1
チヒロの視点です。
『汝、病める時も健やかなる時も、この者と共に歩むことを誓うか?』
「誓います」
『では、指輪の交換を』
アキが、オレの左手を取り、銀色に光る指輪をオレの薬指にはめた。
オレもまた、アキの左手を雑に掴んで指輪をはめる。
『これより2人は夫婦となる。共に歩むその先に、幸あらんことを』
それを見届けたNPCのハナが、胡乱な目で適当に拍手している。
いつもの3人と、神父だけの結婚式。
こんな雑な結婚式、世の中探してもなかなかないだろうな。
ウェディングドレス姿のオレは、顔をベールで隠されているのをいいことに、苦笑した。
そんなオレの左手を取り、ベールをたくし上げて口づけてくるのは、モーニング姿のアキ。
『ちょっと! あなたなにやってるんですか! 神聖な結婚式なのに!』
「結婚式だからだろうが」
突然のことに思考停止してるオレをよそに、相棒のアキとNPCサポーターのハナは言い争いを始めてしまった。
これには、神父も肩をすくめて首を横に振ってしまっている。
なんとも、オレたちらしい、騒がしい結婚式となってしまった。
……もちろん、ゲームの中の話だ。
エンゲージリンクシステム。
ゲームの中でシステム上の結婚式を挙げるイベントを行うと、式で結ばれた2人が近くにいると各ステータスが割り増しになる要素で、大手クランに限らず仲の良い男女なら誰でもやっていることだ。
式用のドレスとスーツ、同じデザインの指輪、見届人となる一定以上の好感度があるNPCを連れて教会に行って申請すると、神だか精霊だか父祖だかに祝福されて夫婦となり、誰それの妻や夫などとステータスに明記されるようになる。
メリットは、夫婦が近くにいるとお互いのステータスが割り増しされること、2人で新たに拠点を設ける場合、費用を安く抑えることができることなど。
デメリットは、一度結婚すると他のプレイヤーとは結婚できないこと、離婚はできないことくらい。
アキは、中身がオレで、本当に良かったんだろうか。
なんとなく、左手の薬指にはめられた指輪を見て、なぞる。
……まあ、ゲームの中でのことだし、いっか。
ゲームはゲーム。
リアルはリアル。
現実のアキとそう約束したことで、受け入れたのだから。
そもそも、どうしてこうなったのか。
それは、先日2人でボスを倒した直後までさかのぼる。
ゲームとリアルの性別を変える遊び方……ネカマプレイしているオレのスタミナが限界で、眠りに落ちる直前のこと。
どう控えめに聞いてもガチ恋してるとしか思えないセリフを吐いたアキに、強制ログアウトからの再ログイン可能になるまでのクールタイムで文字通り冷静になったオレは、その過程で1人でめちゃくちゃジタバタしたけれども、再ログインしてすぐアキに俺の本当の性別と事情を説明して今後のことを相談した。
……相談した、その相手がまちがっていたのか、
「そうか、分かった。じゃあ、結婚しよう」
『なんでそうなるんですか!?』
ちょーっと、現実を直視できてないっぽいアキのセリフに、ハナがキレて騒ぎになった。
いや、目の前のオレは女アバターの姿なんで、まちがってはいないのかもだけど。
術師とはいえ高レベルのトッププレイヤーと、NPCで一般人のガチの取っ組み合いが始まって、……いやー……その……2人とも、本音の言い合いというか、耳をふさぎたくなるような感情のぶつけ合いをしていて。
『てめえふざけんな男のくせに愛の告白くらいちゃんとしろクソボンクラがぁっ!!』
「うるっせぇぞあとから割り込んできたくせにいつも私の方が理解してます的な態度とってんじゃねえこの女狐がぁっ!!」
いつも言葉少ない自称コミュ障のアキと、不機嫌を態度で示すけど頼みごとは断らないハナがオレのことでぶつかり合うのを見て、泣きたくなった。
で、言いたいことを言い終えたのか、いつの間にか取っ組み合いもやめて、3人して話し合っているうちに、あれこれ分かったことが。
アキがオレに向ける好意は、はたから見るととても分かりやすいようで、それを言葉にしないアキに苛立っていたというハナと。
どう伝えればいいか分からず、ずっと悶々としていたというアキ。
それは、結局のところ、アキの気持ちに気が付かなかったオレが悪いのか。としょんぼりすれば、それは違うと2人して声をそろえる始末。
なんだよ2人して、息ぴったりじゃん。
仲いいじゃんかよ。
2人が同じ表情で同じタイミングで同じ言葉を放ったのを見て、場違い感ありながらも羨ましいとか思っていると、プロレスみたいに両手を組み合わせて力比べというかなんかそんなことをやり始めた。
ほんと、仲いいなぁ。
こういう、心が乱れている時はひたすら無心でザコ狩りしてきたものだけれど、今はそんな気分にもなれず。
頭冷やしてくる。と、ログアウトした。
現実の世界で目を覚ます。
フルダイブ型のゲームは、体は動いていなくても脳はずっと休むことなく動いている。
なので、長時間のプレイは相応の疲労感がある。
体を起こして、伸びをする。
首を動かして、肩と上半身のコリをほぐすようにストレッチしていく。
用意していたペットボトルの水を飲んでから、トイレと食事を済ませて、風呂で温まる。
風呂の中で、しばし考える。
……これから、どうすっかなあ……。
ゲームの卒業、なんて言葉が頭をかすめるが、あのゲームはやりたいこともやり残したこともまだたくさんある。
もっとアキと2人で駆け抜けたいし、NPCとはいえ、ハナと別れるのはいやだ。
風呂から出て、髪を乾かして、ベッドに転がる。
突然のことでびっくりしたけれど、アキのこともハナのことも、嫌いじゃないし別れたくもない。
だからといって、ゲームの中でのこととはいえ、アキと…………。
スマホに通知が来て、着信音に驚く。
誰から? とスマホの画面を見てみると……。
『リアルで会えないか? 会って話がしたい』
今まさに思い悩んでいる相手からで。
『分かった。どこに行けばいい?』
アキがどこに住んでるかも知らずに、反射的に了承していた。
『俺が住んでるのは◯県。ヒロは? 中間くらいの場所で会おう』
気持ちが先走っているのか、アキからの返事がすごい早い。
『えっ、隣の県じゃん。オレは◯県。何で移動すんの? 電車? 車とかバイク?』
『今回は電車で考えてる。車は持ってない。待ち合わせ場所は、駅構内の某ファストフード店でいいか?』
メッセージと一緒に、指定してきた駅につながる公共交通機関の時刻表、駅中の地図と某ファストフード店の画像が送られてくる。
いやだから、早いって。
『いいよ、大丈夫。時間は明日の昼ごろでいい?』
電車のダイヤを調べて、だいたいの時間で予定を組んで、細かいところは明日ということにして今日は寝ることにする。
……といっても、なかなか寝れないわけで。
サクッと伝えられた人生初告白が、ゲームを通じての友人……親友……相棒……だというのがまた、モヤモヤするわけで。
とにかく、明日のために寝ようと目を閉じて布団をかぶれば、
(…………あれ? 明日はもしかして、オフ会じゃなくてデートなのか?)
なんて変なこと考えちゃったりして、よけいに寝れなくなってしまった。
2人して、リアルではちゃんと男。
ただし、連絡先は交換していたけれど、メール以外のやりとりはなく、会ったことも声を聞いたこともない。
そこの線引きはできていたはずだけれど……。




