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センスなんかいらない  作者: 大宮聖
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錯乱

「ナイフが抜けねえ‼」

 康司が両手でナイフを握りしめながら、歯を食いしばって引き抜こうとしていた。

「馬鹿! 刺す前に、スタンガン使えって言っただろう⁉」

「知らねえよそんなの⁉ 今更関係あるかよ⁉」

 凍てつく長崎。裏返った声で怒鳴り返す康司。逃げまどい、叫びまくる人々。血だまりだけが雄弁に惨状を語る。誰の顔も泣きそうなほどに歪み切っていた。

 中島が血塗れのナイフを震える手で握りしめながら、所在なげに突っ立っている。中島の足下――ワンピースを血塗れにした女が大の字で倒れていた。痙攣する女の顔――黒目が反転し、半分瞼に隠されていた。明らかに生を失ったものの目――喉元まで不快感がせり上がった。頭を振って堪えた。

 勢い任せに人を殺すもの、己の行為に対する無残さに立ち尽くすもの、ただひたすらに凶器を振り回すもの、恐怖に縮み上がり動けなくなっているもの――その中で誰も殺せず、おれだけが身体を震わせながら沈黙している。

 沢村が小学生だろう女の子にスタンガンを当てながら呆然としている。女の子の口から涎が垂れ落ちた――気絶していた。

「何やってんだ、沢村っ」

 新庄が女の子の腕を引っ張った。沢村が転倒する。支えを失った女の子が崩れおちた。新庄が女の子に向けて思い切り金属バットを振りかぶる。

 鈍い音がした。新庄の顔が赤く濡れた。バットの先端が赤く染まっていた。女の子は呻き声すら上げない。意識を失ったまま死んだようだった。女の子はとっくに死んでいるというのに新庄はバットで死体を打ち続けている。

 動けない。身体中に力を入れているのに、おれは震えるばかりで何もすることが出来ない。

「くそ、くそ、くそ、くそ」

 十数回目の打撃。バットが女の子の後頭部に直撃した。頸元が歪にへこみ、頭部が裂けた。糸状の赤い肉が絡み付いた白っぽい物体――おそらく骨――と黄白色の脳味噌が顔を出した。飛び散った脳漿がカーペットにへばりつき、美術館の照明を受けててらてらと光った。おれは背中を丸めて、嘔吐した。

 背後でくぐもった呻き声がした。振り返った。中島が独楽のようにバランスを崩し、頭から崩れおちた。

 中島の頭髪で殺した女の血が飛び散った。乾いた音を立てて転がるナイフ――塗りたくったように赤い血がべっとりと付着している。

 女の背中に倒れ込んだ、白目をむいて痙攣する中島。首筋から流れ出した血がワンピースに染み込んでいる。中島は錯乱し、自分で首を刎ねた――足の震えが増した。

 地獄だった。おれはようやくポケットからナイフを取り出すことができた。榮倉はどこにいるんだ。あいつらと同じように、人を殺して激高しているのか。血の匂いに耐えながら、榮倉の姿を探し求めた。

 ふと、視線を感じた。さっきと反対方向に振り返る。血まみれの榮倉と目が合った。絶句した。血と死体に囲まれながら、榮倉は薄笑いを浮かべていた。その姿は明らかに異様だった。

 おれの目線に気づいた榮倉の笑みがさらに大きくなった。こちらを覗き込む、真っ黒な榮倉の双眸――見つめ合うことに耐えきれず、おれは視線を逃がした。誰もが怒りと戸惑い、そして絶望に顔を引きつらせているか、ただただ表情を失っているかのどちらかだ。

 笑っているものは榮倉以外にいない。

 榮倉の手元にあるナイフ――血を吸っていない。血の粒がいくつか付着しているだけ。榮倉は誰も殺していない。喉元が冷気を吸い込んだように感覚を失い痙攣する。眩暈が激しくなると共に視界が狭まっていく。混じりけなしの純粋な恐怖が全身を包み込む。

 見てたのか――声にならない。おれたちが狂乱しているのをただ、ずっと見つめていたのか。自分は何もせず。

 思えば、こいつはいつもそうだった。出来損ないのおれたちを、ただ、餌だけ与え、静かにずっと見つめていた。ボウリングでも、いつも榮倉は控えめにおれたちのゲームを見ているだけだった。

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