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209話

  


 不機嫌そうにため息を吐くバンピー。


「遅いのよ」


「失礼。場所が悪かったものですから」


 そう言いながら、エルロードは動きの止まった天使に視線を送り「貰っても?」とひと言。

 バンピーが肩をすくめると、エルロードと一体の天使は幻のように溶けて消えた。


『ナニ……?!』


 突然の乱入に動揺した様子の天使。

 バンピーは微笑を浮かべながら、まるで地面を撫でるようにして手をついた。


「神の使いだか何だか知らないけれど、人を不幸にするような神なんて居ない方がマシよ」


 手をついた先に小さな穴が生成され、バンピーはその漆黒の中へと手を沈めていく。

 そして、まるで地獄から何かを引き抜くようにして、禍々しい杖を持ち上げてゆく。


「今度はそちらが防御する番ね」


 そう言って杖を振るうバンピー。

 彼女の周りに夥しい数の魔法陣が浮かんだ。





「ミサキさん」


 ミサキの耳に懐かしい声が届く。


 ずっと探し、憧れ続けたその声の持ち主は、ミサキの生態感知に〝青色〟で表示された。


 背後の階段から誰かが降りてきた気配。

 感極まったミサキの目に涙が浮かび、しかし彼女は振り返ることができずにいた。


(この声は間違いなく――でも、でもどうしてだろう……すごく冷たい声……)


 あの坑道内で出会った時は包み込むような優しい声音だった。しかし今、彼女の後ろにいるその人は、氷のように冷たい声を発している。


「ケットルはあの奥だね。ありがとう」


 そう言って、ミサキ達の間を抜ける修太郎。

 ミサキは初めて生身の修太郎を目にすることとなった。


(やっぱり全然年下の子……でも、少しだけ強くなれた今ならハッキリ分かる。私よりも、ううん、今まで会ってきた誰よりも強い――!)


 小さくも頼もしいその姿に見惚れるミサキ。

 誠はただ困惑の表情を浮かべている。


「ケットルを迎えに行こう」


 修太郎の言葉を合図に、ミサキと誠の体を縛っていた何かが解かれた。誠はケットルの名前を叫びながら、弾かれるように修太郎の後を追いかける。


(でもどうしてだろう……ずっと、ずっと会いたかった人なのに……声が掛けられない)


 修太郎の雰囲気に呑まれ、ミサキは未だ声を発することができずにいた。複雑な心境を抱えながら、彼女も皆を追いかける。


「この下にケットルがいる……」


 ガラス張りの空間前へとたどり着いた修太郎。

 分厚いガラスの奥は暗闇が続いている。


「……」


 ふいに、後ろを振り返る修太郎。

 天使と睨み合うバンピーと、どこかで戦っているであろうエルロードの身も案じていた。


(もし二人に何かあったら……)


 未知の強さを持つ敵との遭遇。

 天使を見た修太郎は、ひと目で「自分よりも遥かに強い」と察することができた。

 このレベルまでくると、魔王と天使との実力の差を測ることは不可能。

 ケットルと同じくらい魔王達を大切に思っているからこそ、修太郎の心は揺れる。


「二人なら心配いりません」


 心を見透かしたようにシルヴィアがそう言った。そのまま、光の剣でガラスを切り刻む。


「我々はやるべきことをやりましょう」


 二人を信じて自分の勤めを果たせ。

 そう言われたような気がした。


「ごめん――行こうか」


 修太郎は気持ちを切り替え、力強くそれに頷いた。


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