172話
時間はホリヴァイ達が侵入する少し前。
侵入者を迎え撃つべく、修太郎は焦った様子でダンジョンメニューを操作していた。
「襲撃なんて、いったいどうしたら……」
このダンジョンに罠らしい罠はひとつもない。
戦力だけで言えば、魔王達や陰陽の竜達、そしてレジウリアの住人も力を付けている。
しかし、ことダンジョン防衛に関して、果たしてそれで万全と言えるのだろうか。
もっとなにか必要かもしれない。
修太郎にはそれが分からなかった。
ひとつ分かるのは、侵入者のレベルが100を超えているということ――つまり相手がプレイヤーではない、ということ。
そういう意味では気を遣わずに対処できる。
修太郎にとってそこが唯一の救いだった。
「妾にお任せくださいませ」
そう傅くのは第二位魔王のバンピーだ。
修太郎は心配した面持ちで彼女を見た。
「以前の転職なる儀式の際、我々が蹴散らした連中は今回の襲撃者と同格――ならばご心配には及びませんね?」
淀みない様子でそう答えるバンピー。
それを聞いてひとまずの安心を得る修太郎。
転職クエストではエルロード、バンピー、第三位魔王が別行動し、それぞれ道の先にいた存在を跡形もなく消し去っている。
特に彼女には即死範囲スキルがあり、殲滅戦ならば彼女が適任だろう、と、修太郎は考えた。
そこへ割って入ったのはシルヴィアだ。
「僭越ながら――」
「なに? 妾が今、主様と話しているのだけど」
二人の間に不穏な空気が流れた。
威圧するバンピーを全く意に返さず、シルヴィアは修太郎と第六位魔王を見ながら続ける。
「アイアンが戻りました」
修太郎とバートランドが顔を上げる。
ガララスは「ほぅ」と感心した声を漏らす。
「ほんとう!?」
「はい、つい先ほど。現在の実力、役割、なにより主様への忠誠を判断するため、奴に今回の防衛を任せるのはいかがでしょう」
アイアンが帰ってきた――
修太郎は涙が込み上げてくるのを感じながら、嬉しそうに何度も頷いている。
バンピーを含め他の魔王達も、アイアンの過去を見てきただけに、対抗馬として諸手を挙げる者は現れなかった。
曲がりなりにも認めていたのだ、彼を。
ただひとりを除いて。
「姉御、俺ァ悪いが反対だ。奴のテストはいつかどこかで行うにしても、今回は主様の生命に関わる事態。そんな大役をあいつに任せるのはどうなんだ?」
不服そうに言うのはバートランドだ。
シルヴィアは一度彼に視線を送り、ため息混じりに答える。
「お前も過保護が過ぎるぞ。こんな大役だからこそ奴の真価を測れるというものだろう。それに、なにも奴だけに任せるわけがない。迎撃・護衛を我等全員で行うのは当たり前だ」
シルヴィアは獣の王よろしく「獅子は我が子を千尋の谷へ突き落とす」ではないが、信頼しているからこそ死地に送るべきだと考える。
一見して二人共がアイアンに厳しいように見えるが、二人共が、アイアンの飛躍を切望していたのは間違いなかった。
口籠るバートランド。
シルヴィアが修太郎に向き直る。
「呼んでもよろしいでしょうか?」
修太郎は迷わず首を縦に振る。
シルヴィアが手をかざすと、そこに黒いモヤのような空間が現れ、奥からは何者かの足音が続いた。
「おかえり……!」
震える声で出迎える修太郎は、涙をこぼす。
ボロボロだった体も、失くした目も戻っていた。
成長というべきか、進化というべきか。
むしろ強敵との度重なる戦闘を乗り越えた彼の体は鍛え上げられ、ひと回り大きく逞しくなっていた。
アイアンは修太郎の前で傅いた。
魔王達が感じていた「心許なさ」は、今の彼には感じなかった。過酷な環境を生き抜いた今のアイアンは、明らかに強くなっていたのだ。
《boss mob:アイアン Lv.120》
「バート、いいよね?」
涙を拭きながら呟く修太郎。
バートランドは微笑みながら目を伏せ、頷いた。
「約束通り、君はこの時より僕のパーティのタンクだ」
修太郎の言葉を噛み締めるようにして、アイアンは傅いたまま、ゆっくりと頷いた。
「俺からはコレを」
と、セオドールが何かを手渡した。
それは直々に鍛え上げた装備品だった。
有難そうに受け取るアイアンは、それを装備し立ち上がる。
「一端の騎士だな」と、セオドールが微笑んだ。
煌びやかな金属の鎧と、細かな装飾。
竜を彷彿とさせるヘルムの奥に青色の瞳が光っている。
腰には長剣が帯剣されており、紋章の描かれた盾が左手に収まっていた。
嬉しそうに見ていた修太郎が口を開く。
「最後に、アイアンの新しい名前を決めようと思う」
修太郎からしたら、親から貰った名前というのは特別なもの――という認識だし、いくらあんな最後を迎えたといえど、前の主人との繋がりは大切だと思っていた。
しかし、パーティメンバーとして引き連れる以上、彼には名前を変えてもらわなければならない(他のプレイヤーの目に触れるため)。
名実共に生まれ変わってもらう必要があるのだ。
アイアンは頷いた。
彼もまたそれを理解していたようだった。
なにより新しい名前を切望していた。
自分の居場所はもう、ここなのだから。
「ということでバート、何かいい名前ある?」
「へ? 俺ですか?」
素っ頓狂な声を出すバートランド。
修太郎はクスクスと笑った。
「誰よりもアイアンの事を考えてたのはバートだったからね。きっと彼にもそれが伝わってるはずだよ」
アイアンがゆっくりと頷いた。
バートランドは頬をかきながら「俺は別に……」と呟きつつ、何かを考える仕草をする。そしてアイアンの後ろへと進み、背中の部分に手を当てた。
「お前はこの世界で最硬の金属だ」
「お前は命を拾われた。そして、お前は生まれ変わった。お前は盾だ、主様の盾だ。お前が倒れるということは、壊れるということは、主様に危害が及ぶということ。それを常に理解しておけよ」
言いながら、ニッと微笑むバートランド。
アイアン改めベオライトは力強く頷いた。
こうして――あの日自分の主人を殺した悲しき召喚獣アイアンは死に、屈強な騎士ベオライトが誕生したのだった。
《何者かがダンジョン内に侵入しました》
《配下や罠を用いて撃退しましょう!》
再びの警告文。
敵はまだ見えないが、この城に近付いていることは分かった。
「この城を守ってくれる?」
修太郎の問いに、ベオライトが頷いた。
修太郎はパーティを再編成し、彼を加える。
「プニ夫。ベオライトのお手伝いをよろしく頼むよ」
と、修太郎はプニ夫をベオライトと共に迎撃に向かわせる。それは守備特化であるタンクの火力を考慮してのことだった。
そして数分ののち、侵入者達とベオライト・プニ夫組が激突するのだった。
ベオライト鋼
この世界で最も硬いとされる金属。世界の住民はこの金属に例えて「ベオライトを割るような話(無謀とか無茶であること)」だと皮肉ることがあるほど。傷ひとつ付けるのも容易ではない。




