149 s
キレン墓地のボス、デュラハン。
クリシラ遺跡のボス、夜王像。
「ふぅ……」
鋼の矢を矢筒に戻しひと息付くミサキ。
眼前に横たわる大きな猿が消えてゆく。
ケンロン大空洞のボス、ハルタナ王だ。
怒涛の速度で進み続ける精鋭組は最前線目前のエリアであるケンロン大空洞をも簡単にクリアしてみせた。
本来ならば幾度もの挑戦を経て、エリア構造や敵の行動ルーチンに体を慣らせてからクリアするものだが、今回に限っては単なる通過点に過ぎない。全員の消耗を抑えるためにも、実はかなりのハイペースで進んでいた。
周りからポツポツと喜びの声が上がる。
出発からたった4時間程度。
あっという間の最前線である。
「皆お疲れ様。ここから進んだすぐの所に今日の目的地――最前線、サンドラス甲鉄城があります。もう少しだけ歩けますか?」
ワタルの呼びかけに皆が返答した。
消耗しているプレイヤーなどいなかった。
最前線までの旅は無事終わりそうである。
ガヤガヤと列が進み出す。
ミサキも遅れてそれに続いた。
「やあ銀弓の女神」
ふいに掛けられた声にミサキが振り返る。
そこには見知らぬ男性が立っていた。
180後半はあろうかという長身で、
その身の丈ほどある弓を背負っている。
いたずらっ子のような笑みがどことなく不気味で、思わず身構えそうになるミサキだが、胸元の紋章ギルドマークに気が付いた。
「(同じギルドの人だ。どうしよ、どんな人か分からないよ)」
視線を上へと向ければ名前は確認できる。
そこには〝天草〟と出ていた。
「僕のこと分からんって顔してるけど」
「!」
「だよねぇ!」
図星を突かれたミサキ。
驚くべきは、ミサキの僅かな動揺から天草が自分の疑問を確信へと変えたことだった。
「鋭いですね」
「よく言われるー」
カラカラと笑う天草。
少しむくれた顔をしてみせるミサキ。
サンドラス甲鉄城へ進み始める列の最後尾を、二人はゆっくりとした足取りで歩き出した。
「いやぁそれにしても凄まじい威力だね」
糸のように細い目で笑う天草。
視線はどうやらミサキの弓へ向いているようだった。
「その弓に秘密があるのかな?」
「まぁ、そうですね」
「拾ったの? 買ったの?」
「えと、貰いました」
「貰った? そりゃまた大盤振る舞いな人もいたもんだねぇ」
半信半疑といった様子の天草。
ミサキはこう答える他なかった。
それ以上の説明もできなかった。
「おーい、待たせて悪かったな!」
と、駆け寄ってきたのは誠だ。
笑顔のままスッと二人の間に割り込んだ。
「あれ、天草さんどうもー」
「ん、おお。おっさんいつも元気だなぁ」
そう言うと、天草は「またねー」と、ひらひらと手を振って列の前の方へと歩いて行った。その後ろ姿をしばらく眺めていた誠が「ふぅ」と小さくため息を吐く。
「あれ、待たせてましたっけ?」
「ああいや、困ってると思ってな」
ちょっぴり鈍いミサキ。
苦笑しながら頭をかく誠。
「あの人は天草っていうんだけど、うちのギルドでも5指に入る実力者だ。ただなんて言うか……あんまり仲良くしない方がいいかもな」
と、神妙な面持ちで語る誠。
なぜ? と、ミサキは聞き返さなかった。
確かに異様な印象を受けたからだ。
「何聞かれたの?」
「武器のことについてですね」
「あぁ、まぁあの人っぽいな」
会話の内容よりも、天草をよく知ってそうな誠の口振りが気になったミサキ。
「悪い人なんですか?」
「んー、どうだろう。頭のいい人だよ」
などと会話しながらも、着実にサンドラス甲鉄城へと進んでいった。
*****
サンドラス甲鉄城――
荒野にひっそり佇む巨大要塞。その規模は大都市アリストラスに勝るとも劣らない。強固な機械仕掛けの外壁は異質の一言に尽きる。
甲鉄城内にどよめきが起こった。
「紋章ギルドだ……」
今や名実ともに最大規模となったギルド。
遂に最前線に合流したのか――
そんな声がちらほらと上がっている。
期待半分、焦りが半分といった様子。
というのも、最前線にいるプレイヤーの大半がアリストラス侵攻に参加していない。だから紋章ギルドを前にすると、期待よりも後ろめたさが勝ってしまうのだ。
ブリキにも似た銅色の建物に囲まれた城内で先頭集団が立ち止まる。カツンカツンと鎧の音を響かせ、ワタルが前へと現れた。
「皆さんお疲れ様でした。宿屋は手配してありますから今日はしっかり休んでください。明日の朝、塔攻略のためのクエストを起こし討伐依頼を受注していただきます。昼から早速シオラ大塔に潜ります」
それでは解散! と、しめくくるワタル。
メンバー達はガヤガヤと雑談しながら散っていき、その場にはワタルとアルバ、そしてミサキと誠が残った。
「ギルドマスター同士の会議が……」
「なら僕は……」
と、しばらくやり取りした後、ワタルとアルバは何処かへと歩いて行った。残されたのはミサキと誠だけとなる。
「俺はうまいもん探しでも行ってくるけど、ミサキさんはどうする?」
右手にジョッキ、左手に串を持つような仕草をしてみせる誠。ミサキは申し訳なさそうに首を振った。
「ごめんなさい。ちょっと行きたい場所があるので……」
「全然全然! んなら、また明日な」
ちゃんと寝ろよ、と言い残し、繁華街の方へと消えてゆく誠。見抜かれてるなぁと苦笑いするミサキ。
マップを開き、しばらくじっと眺める。
「ここにも居ない、か」
恩人を意味する色。
紫色はここでも確認できなかった。
最前線なら或いは――と、期待していただけに、もう二度と会えないのではとかなり落ち込むミサキ。
敵を倒すたび、エリアを踏破するたび、
誰かに認められるたびに思い出す恩人の顔。
「どこですか。修太郎さん」
寂しそうな顔でそう呟きながら指でマップをなぞるミサキ。恩人の背中は未だ遠く、そしてその姿も見えないままである。
しばらく立ち止まっていたミサキは踵を返し、訓練場の方向へと歩き始めたのだった。




